What an extreme summer heat wave. 猛暑万歳!(6)

若い頃のプチ・冒険旅行の話であります。宿の手配もしないで木曽路に行ってみようとしたわけで、いまならそんな旅行はまっぴらであります。子供のころに、夏休みにどこにも行かなかったので、どっか連れて行けと親に言って、バイクの尻に乗せられてお城を見に行きまして、帰りに山の中で日が暮れたことがありました。峠を越える山道の途中にひなびた温泉郷がありまして、その中の一軒に泊めてくれと父親が談判したことがありました。家から20㎞くらいのところでしたから、頑張ればそのまま帰れたんですが、なにせ私は父親の背中に抱き付いているだけでありまして、眠くなったら振り落としかねなかったのでありましょう。結局、旅館の好意で、お盆時の満杯の状態だったため、大広間の脇の部屋に特別に布団を敷いてくれたのであります。一応、茶菓も出してくれましたが、その時のお菓子が「マコロン」という焼き菓子でありまして、まあ今でもスーパーのお菓子コーナーで見かける画像と、あああるな、マコロンがあるぞ、というような微妙な気分を持ってしまうのであります。翌朝起きて見ると、谷あいの温泉郷は霧のなかでありまして、どんな食事を摂ったのか覚えておりませんが、日が昇った頃には自宅にたどり着いたのであります。あれもまた無謀な旅行でありますが、父親は若い頃にはバイクでいろんなところをふらふらしたらしいので、慣れたことだったのかもしれません。

シャリンバイが咲こうとしております。

さて、木曽路の翌朝でありますが、朝食を済ませてさっそく馬篭宿の石畳を歩いたことでありましょう。島崎藤村ゆかりの本陣跡を見物したりしたはずですが、そういうところはほどほどにして坂道を登り切り、馬篭宿の外れに出まして、そこから妻籠宿まで歩いてみようという気になったのであります。町はずれには昔の高札の跡があったりしまして、しばらくはのどかな山道が続きまして、夏の日とは言いながら別に暑くもなくて快適なハイキングだったと記憶しているのであります。歩き出してみると前後にちらほらと人影がありまして、同じようなことを試みる若者は結構いたのでありましょう、昔の中山道がどうなっていたのかと言う興味もありましたが、馬篭から妻籠までのバス代がやたら高かったような記憶もかすかにあるのでありまして、ツアーのバス旅行にでも参加していなければ、歩いてしまうというのは選択肢としては有りではなかったかと思うのであります。しばらくは、旧中山道、いわゆる昔の木曽路を辿りましたから歩くのには適度に凸凹、くねくねしておりまして飽きないのでありあました。しかしながら、途中でそれはなくなり、アスファルトの今時の道路に吸収されて、車の通る道の脇をてくてくと歩くはめになりました。山道を歩く分には歩く速さは気にも留めませんでしたが、隣を車が通過することになると、なんとも亀の歩み、もたもたしている気がしまして、次第に不機嫌になって来るのを抑えられませんでした。前後を歩いていたはずの人影も消えて、何とも間抜けな徒歩旅行でありまして、連れのいない状態ではまったく無言でありますから、気の紛らしようもないという有様であります。今ならスマホで自撮りをしまして、盛んにLINEなどで知人にアピールしまくるはずですが、当時は携帯電話なんかありませんので、要するに糸の切れた風船が風に吹かれて飛んでいるだけという気分だったのです。

  さて、何が怖い話かと言うと、これから後のことであります。

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