It's personal impressions.個人的な感想です。(1)

夕立は馬の背を分けるなどと申しまして、降るには降るんですが、非常に狭い地域に雨をもたらすものでありまして、びしょ濡れになってしばらく行ってみたら、地面が乾いていて雨の形跡がないなんてことが生じるわけであります。近ごろは局地的な豪雨などと言うようですが、昔の知恵が廃れて、昔もよくあったこと、当たり前のことが分からなくなっていることがあるような気がします。ゲリラ豪雨と言うと、いかにも当世風ですが、過疎地に降る雨にはそんなことを言うはずもなく、安全だと思い込んでいる都会の真ん中で雨に降られると、ゲリラにやられたというような気持ちになるのでありましょう。この場合のゲリラというのは、果たしてどこのゲリラなのか、はっきりと意識しているゲリラがあるの画像かどうか、さっぱりわからないわけであります。敵に急に襲われる、すなわち急襲されたということから、ゲリラと名付けたのでありましょうか。神出鬼没などという言葉もありましたけれども、ああいう言葉でもいつの間にか頭に刷り込んだものでありまして、その場合の「神」や「鬼」がよく分かっているわけではありません。言葉と言うものはよくよく考えると分からなくなるものでありまして、あまり考えすぎてはいけないのでありましょう。

家庭菜園跡の草地に出没したトノサマバッタ。

念のためWikipedia日本版で「ゲリラ豪雨」を見てみたら、ちゃんと整理整頓が為されておりまして、気象庁はこれを採用していないというようなことも書いてあるのでありました。軍事用語は極力これを用いないというような建前もあるようでありまして、なるほど平和主義と言うものが広く浅く浸透しているということがよく分かるのでありまして、しかしながら名付け方や使われ方から見ると、ある意味人間と急に降った大雨との関係をよく表現しているのもまた間違いのないところでありましょう。トノサマバッタには緑色のものと、写真で見るような褐色のものがあるそうで、どうしてそういうふうになるのかよく分かりません。本当に写真の昆虫がトノサマバッタなのかどうかを確かめようと思って、Googleでバッタやトノサマバッタの画像を眺めましたが、よく見るとグロテスクでありまして、長い時間見ていることが出来ませんでした。写真を撮る時に見た感じでは、このバッタは別に恐ろしくも奇怪でもないのでありますが、どうしたわけか画面に何十匹ものバッタがずらりと並ぶと、少し恐怖感が煽られる感じなのであります。子供時代は、田んぼのあぜ道などにバッタがいるのは当たり前でありまして、それをいちいち捕まえて眺めたりはしておりません。

   バッタは人を襲ったりはしないのでありまして、ぴょんと逃げるだけ。

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