Can I have a eternal doze? けむる向こう岸。(7)

持ち物を整理しようということで、近ごろの断捨離の成果を書こうとしていたのでありますが、何となくカバンの中身の説明になってしまいまして、話と言うのは逸れるものであります。毎日ちょっとずつ、日ごろの生活を反省して整理整頓をこころがけ、そして捨てるものを探しているのであります。先日は、写真の断捨離を完了しまして、ここ2か月くらいの作業の仕上げを果たしたのであります。4箱にまで切り詰めた写真とネガの箱だったのでありますが、工夫に工夫を重ねて1箱減量に成功しまして、ついに3箱となりました。ジュースのペットボトル6本が入っていた箱に、ポケットアルバムとネガと写真のバラを収めておりますから、非常にコンパクトになった感じであります。2000年から2005年くらいの写真と言うのは、デジタルカメラを使っていたためにピンボケが少ないわけで、将来楽しみながら分類整理をすることにして、作業は一旦打ち止めであります。その過程で、随分古い写真を眺めまして、感慨深いもので画像ありますが、さてそれらが今後に必要なのかと考えて見ると、別にもう不要かもしれません。さらに本日は、ミカン箱に入った文庫本を出しまして、ブックオフに持って行ったのであります。先日亡くなった水木しげるさんの漫画が出てきたり、杉浦日向子さんの漫画が出てきたりしましたが、こちらはちょうどよい機会ですから、改めて読むことにして枕元に出しました。

ショウリョウバッタ? オンブバッタ?

それにしても、本当に必要なのかという目で生活の節々を眺めると、随分妙なものに囲まれて暮らしていることに気付くのであります。買った時に多少使った記憶があると、何となく捨てにくかったりいたします。なるべくそれを無駄にしないようにと生活していたりしまして、しかしこの数年の暮らしの中ではもう必要のないものだったりするのであります。家族はどんどん成長するわけで、年ごとに生活スタイルが変化するのであります。そうした中で、新たに買い求めた物が主に使われるようになって、いつの間にか脇役に追いやられた家具や家電があるわけで、故障していない限りはそれはずっと部屋の一部となって埃をかぶるわけですが、なかなかその存在は気付かれなかったりするのであります。気付かれずにたたずんでいたものに対して、ふと疑惑の目を向けるわけでありますから、非常に意地が悪いような気もするのでありまして、目を付けられたらいずれは捨てられる運命にさらされるのであります。ふと読んだあるサイトの記事で、高度経済成長期に核家族化が進行し、その結果子供と同居していない親の家が大変だという話が有りました。よかれとおもって子供がお中元やお歳暮を贈り、敬老のために家電を買い与えると、それが箱に入ったまま積みあがっているというような指摘であります。なるほど、私はもう親には何も買わず、贈ってもいないのでありますが、兄弟はそうではないことでしょう。親の家はともかく、自分の身の回りだけでもさっぱりさせたいと切に願うわけです。

   電動マッサージ機なんてものがどの家にもごろごろしていそう。

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