I wait here in the silence.汝が来るまで。(2)

危機管理という言葉を思い浮かべまして、国際情勢が混沌としておりますから、これこそ今最も肝心のキーワードなのであります。しかしながら、国際情勢であるとか、国際紛争と言うようなことは、世の中に疎い私には無理でありますから、自分の人生の危機についてつらつら述べて、誰がそれを救ってくれたのか、よりよい対処法はなかったのか、そういうことを考えているのであります。子供時代の危機という点で言うと、幼稚園に入園したことが思わぬ危機を生んだことがありました。とんでもない田舎のことでありまして、学校に行くのに鈴を鳴らして熊を避けるというような土地柄でしたので、ごく普通に暮らしても危機にさらされることは有ったのであります。しかしながら、幼稚園に入園することが命の危機のきっかけになるとは思わなかったというお話であります。熊の出るような土地に幼稚園がで画像きまして、まあそれは正確には教会の幼児教室だったようですが、現在も存在する幼稚園であります。そこに、はるばるフロリダから先生が来るというので、それを聞きつけた母が私を無理やりそこに入園させてくれたのであります。イエスキリストの話を人形劇みたいにして教えてくれたり、英語の授業があったり、アメリカのお菓子をおやつに提供したり、今考えても非常に贅沢なものだったのであります。

タンタナ、またの名を七変化。

さて、危機は幼稚園に通園して最初の休日にやって参ります。四月のことですから我が家は田植えの準備に入りまして、田んぼを鋤き返し、用水路の水を明日にも入れようという夕暮れであります。鋤き返した田んぼから、母が小石などを拾って集めていたんですが、一緒に付いて歩いていた私は、鋤き返された土の間から何やらおもちゃの破片のようなものを見付けまして、得意げに母に見せたんでありますけれども、その行為が少し離れていた姉の目に付きまして、おそらくはいいものを見付けて見せびらかしたと思ったのでありましょう。よこせ、いやだよ、というような言葉の応酬があったはずですが、次の瞬間に結構大きな石がびゅんと飛んできて私の頭を直撃したのであります。衝撃に驚いて母に飛びついたところが、母の着けていた白い割烹着にどっと血が付着しまして、うあああ、というような状況になったのであります。こりゃもう打ち所が悪ければ死んでいたはずでありまして、さてどうなったか。実はもうその日の記憶はまったくありません。気絶したのかもしれないし、単に眠くなって寝たのかもしれないのですが、翌日頭に手ぬぐいを巻いて通園であります。フロリダから来た先生がびっくりして、別室に招き、手ぬぐいを外して傷跡を点検しまして、何やら灰色の軟膏を塗ってくれたのであります。なるほど、と言うような処置であります。傷は浅かったのでありましょう。ただ、今も禿げになって残っている傷跡が、間違いなくその時のものであります。私の頭に向かって意地悪く毛を吹けば、それは今でも見ることができるのであります。

   親としては、止血をして安静にするしかなかったのかもしれません。

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