They will break up their popular group.終焉。(3)

さて、正月も半ばを過ぎまして、受験の季節でもあります。どうしてこんな寒い時期に一生を左右する試験をするのかと言う点について、世の中はあまり反省が無いようであります。どこかの有名大学が、新学年を9月からにすると打ち上げたんでありますけれども、夏の夜の花火のようにはかないものに終わったようで、こうして見ると改革と言うのはなかなかうまくはゆかないのであります。伝統とか流行と言うものは一筋縄で受け継がれたり盛んになったりするわけではないので、それを単純な理由で変更するわけには行かないのでありましょう。近ごろ流行した断捨離というもののもてはやされたのにも、現代の生活がこんがらかったことが影響しておりまして、まったく貧乏では断捨離する必要もなく、また裕福であったら断捨離なんて単なる気まぐれな遊びであります。戦前の昭和15年くらいが豊かだったというのは案外知られていない事実でありまして、その水準に戻るのは恐らく昭和45年くらいだったはずであり画像ます。太平洋戦争末期の消耗から立ち直るのに随分かかったはずなのであります。窮乏生活になれた人々は、「もったいない」という気分で何も捨てない暮らしぶりだったんですが、高度経済成長の結果、日本は大量生産大量消費社会になりまして、その結果、適切な取捨選択が行われなかった、と言うような話をどこかのブログで読みました。なるほど、そうだったか。

近所の八重の紅梅。

写真についても同じでありまして、カメラの存在はみんな知っていたけれども、それを手にして気軽に撮影ができるようになったのは、案外近年なのであります。バカチョンカメラの流行があり、やがてデジタルカメラになり、ついに携帯電話やスマホで撮影ができるようになったのであります。写真は同じアングルで何枚も撮影して、選りすぐった一枚を残すわけでありますが、家庭だとフィルム代がもったいないというので、24枚撮り、36枚撮り、すべてを焼いてしまいまして、ピンボケも切れたのも残しているのであります。死んだ後で自分の写真を残すとしたら、20枚もあれば十分であります。自分のアルバムを見てみたら、目をつぶっているのやら背中を向けているのやら、変な写真ばかりで仰天いたします。つまり、もう捨ててもいいわけであります。本日試しに、古いアルバムをめくりまして、デジカメでそれらの写真を撮影してパソコンに取り込みましたら、実にきれいなわけで、この結果アルバムは処分可能な状況になってしまったのであります。別に業者に頼まなくても、今時のデジタルカメラなら問題なく接写して写真を取り込めるわけでありまして、別に手間もかからないのであります。一冊のアルバムを撮影するのに20分くらいで充分でありまして、ぼけた写真もデジタルで一覧表示すると、引き締まって見えたりいたします。アルバムの写真配置自体が記憶になってしまっているんでありますけれども、それを解体して、いいアングルに修正することができるのであります。

   どうやら古い写真をふるい分けする基準がおぼろげながら見えました。

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