Less is more.過猶不及。(2)

強風の吹き荒れる一日でした。晴れているのに気温は上がらず、寒いまま日が暮れてしまったのであります。本を思い切って処分しているのでありますが、本棚に隙間ができましたので、同じ種類の本を寄せ集めたり、サイズの同じものを固めたりしてみました。そうやって見ると、いかに普段本棚がいっぱいになっていて、可動性を失っていたかということが分かるわけです。ともかく、隙間を利用して、本の離合集散をしてみると、いかにも二度と読みそうもない新書などが目についてくるのであります。何せ高校生の頃から大学生に掛けて、岩波新書は必需品でありましたし、その後新書の出版ブームもあったわけで、ダブついているものは限りないのであります。当時は、その道の権威が啓蒙のために書いてくれたのが新書でありました。よって、当時は言うまでもなく、今でも崇拝する気持ちはあるんですが、冷めた目でよく見ると、適当な話題を適当な文体で書いてありまして、ひょっとすると編集者が作文したのかという怪しいも画像のまで目につきまして、こりゃあ捨てたほうがよさそうであります。価値があるものは同じ内容をネットで見つけることも可能でありますし、古びてしまって価値の無くなったものは、その分野の研究史でもわざわざ書くならともかく、もう世の中には不要に見えるのであります。紙質も悪くて、変色しておりますから、作ったほうも読み捨てのつもりだったようです。

スイセンが次第に芽を伸ばしております。

これらの新書も、実は箱に入れられて引越し先を生き延びただけでありまして、何かのついでに段ボール箱から出されただけなのであります。古本屋で買ったのもあるし、ネットで買ったのもあるんですが、さすがにもうどうにもならない感じでありまして、ブックオフなどに送り付けるのもためらわれます。神田には岩波書店の本を扱う古本屋もありましたが、紙ごみとして出した場合でも、巡り巡ってそう言うところに行き着くのかもしれません。書物が物価に比べて高価だった時代、そして日本全体が貧しかった時代には、新書だって貴重な情報源だったんでありますけれども、今その一冊の内容を集めようとすると、たぶんグーグル検索で1秒あれば事足りるはずであります。1秒で新書の何万倍かの情報が集まってしまいまして、集まり過ぎて困るわけで、もしかしたら数十年前の新書にも素朴で根源的な問題意識をコンパクトに教えてもらえるという利点もあるように見受けられます。しかし、これを私が今さら読書してもしょうがないし、誰かにプレゼントしても喜んではもらえそうもないのであります。30年くらい前に買っただけで積んでおいた新書を一冊、せっかくだからと読んでみましたが、そこには万葉集や古事記の時代には「黄色」という概念がなく、黄色は「赤」または「青」の範疇であったと書いてありました。また、「草薙の剣」の「くさなぎ」というのは、草刈りのことではなくて「臭い蛇」「いやなにょろにょろ」だという見解が示してありました。こりゃあ為になりましたが、だからどうということでもありません。

   日本国語大辞典には、「草薙」の通説は草刈り、一説として「臭い蛇」説もあると出てます。

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