School headmasters are venal men.教科書疑獄。(7)

本日は旧暦で12月28日であります。まあもうほとんど月を見ることはない夜であります。明日が大晦日12月29日でありまして、昔風に言うと「小の月」ということになるのでありましょう。大の月が30日で、小の月が29日、どうしてそうなるかというと、月の満ち欠けの周期が29・5日だからでありますが、そういうことは学校で習った記憶がありません。今は教えるのかどうか定かに知らないのでありますが、最近自分で発見したのは、29・5日周期だとすると、満月から満月までは14・75日でありまして、だから14日の満月があったりするのかということであります。15日は望月と言うのは聞いたことがありましたが、旧暦の暦を見ていると14日で望月となっている日が結構多いのであります。まあ、そういうことはともかく、明後日は旧暦の正月でありまして、随分遅い新年の到来であります。すでに立春は来てしまっていますから、二十四節気の春を追いかけて陰暦の正月がやってくるという状況なのであります。「年の内に春は来にけりひととせを去年とや言はむ今年とや言はむ」という古今和歌集巻頭歌はこの状況を読んだものであります。珍しいわけではなくて、しょっちゅうこうなっていたわけで、要するに正月・二月・三月を春とする暦の概念と、画像立春を以て春とする概念があったわけで、旧暦の太陰太陽暦のなかに尺度が二つあったということらしいのであります。月の運行による太陰暦が基本なんですが、それだと農業などに差し支えるから、二十四節気の太陽暦で補正していたということなのであります。

待ち遠しい桃の花の開花。

よって、古今和歌集の巻頭歌の内容というのは、別に日本的な感性とは関係ないわけで、この年内立春という話題は菅原道真の漢詩にも作られているよ、なんてことが学者さんによって指摘されているのであります。古今和歌集は別に日本的な感性を掬い取ってまとめようとしたものではないようでありまして、平安時代初期に詠まれた和歌を編者の趣向によって集めたのでありましょう。そうじゃなければ、巻頭で外来の暦に関する薀蓄の歌を出すわけもないことでしょう。古い伝統をありがたがっているわけではなくて、定番の形式に話題の内容を盛り付けることに重点があったのかもしれないのであります。この歌をあげつらって、明治時代に『歌よみに与ふる書』のなかで正岡子規は撰者の代表格である紀貫之を罵倒しておりますけれども、それは的を射たものだったのかどうか。なんとなく外れているような気がするのであります。正岡子規の歌で有名なものの一つに「人丸ののちの歌よみは誰かあらむ征夷大将軍みなもとの実朝」というのがありますけれども、まあこれもどうかと思うのは私だけなんでありましょう。不思議なことがあるものであります。歌というのは、流行した時代を過ぎてしまえば、少々間抜けに見えてしまうものなのかもしれないのであります。

   貫之を罵倒して止まぬ子規さんを 今また我も罵倒してみむ(粗忽)

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