The reverse is also true.逆もまた真なり。(7)

日ごろいろんなブログを読んでいるわけですが、目から鱗が落ちる場合もあるんですが、どう読んでも商品宣伝に過ぎないという場合もあって、玉石混交であります。それをあれこれ塩梅しながら、世の中の新しい情報を手に入れたり楽しいネットサーフィンの時間を過ごそうとするわけであります。最近読んだものでは、「下流」という近ごろのキーワードを疑う記事がありまして、それはけっこう炎上しないようにソフトに指摘しているんですが、非常にいい視点だと思いました。「下流になるぞ、下流になるぞ」とおどかしまして、たぶん「我が家は中流」と思っている団塊世代を刺激しているのでありましょう。同じ世代がものすごい数でひしめきまして、若い頃に壮絶な競い合いを演じた世代ですから、下流に落ちてなるものかと焦る気持ちを利用しているのでありましょう。「上流階級」があるなら、そりゃあ「下流階級」もあることでしょうけれども、画像本来「下流」が当たり前で、「上流」が珍しいのであって、「下流」をわざわざ忌避するべきものとして盛んに喧伝すること自体が上から目線のなせる技のような気がします。

5年前の近所のレンギョウ畑。

そのブログの筆者は、「下流」論議をするときに「下流だと不幸だ」というのは大きなお世話で、「下流」だから「不幸」なわけではないじゃないかと言うわけです。確かに、「上流」だから「幸福」が約束されているわけでもないのでありまして、一部の成功者を「上流」と言うのはよいとして、「下流」がどうのこうの「不幸」なんだと言い募るのは、何となくトリックが含まれているような気がします。いろいろな条件で「上流」に食らい付いた論者が、その成功を自分の努力の成果のように意味づけして、よって「幸福である」という自己満足を強化するために「下流」を言うのかもしれません。もちろん本のタイトルは著者だけが決めるものではないので、過激な本のタイトルや、はやりの言葉をちりばめた帯の宣伝文句だけを見て、著者の意見と思ってはいけないのでありますが、売ろうと思って書名を決める最終段階では著者も受け入れたわけで、そのあたり責任は著者にあると見てよろしいでしょう。高度経済成長と言い、バブル経済と言い、いろいろなことに関して妙にハードルを上げる社会でありまして、豊かな老後や万全の終活というような踊り文句で煽るんですけれども、煽られてその気になる団塊世代の騒ぎにはうんざりするんでありますけれども、どうなんでしょうか。

   まあこうやって話題にするのも何だか乗せられているだけかもと反省。

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