Take a anti-crime measures.備えあれば患いなし。

 いやあ、何だか困ったなあということがあるんですが、とてもその内容をここで書くわけにはゆかないのであります。目下の悩みをせっせと書いているブログと言うのも知っていますけれども、あまり気分の良い物ではありません。毎日食っているものを、せっせと書きまして、お店の名前も、食べた料理の名前も書き綴り、さらには気に入らない人のイニシャルを記したり、誰に何を送ったか、誰から何を受け取ったか、微に入り細を穿つ人もいるわけです。そう言えば、まだインターネットが普及する前ですから、それは葉書の話でありますが、個人的なことを全部年賀状に刷り込んでいる人というのがいましたけれども、つらつら思うに、共通点があるような気がいたします。一つは、ある若い一時期、その筋では非常に人気だったというか、話題の的だった人物と言うことであります。そして、その結果人気に陰りが出て、思画像ったほどのポジションには就けず、たぶん周りから見ればほどほどのところに収まっているのであります。だから、自分は特別だという意識がありまして、周りから見た自分と言うものが尊いはずだという観点で、日ごろのブログの記事を構成しているのであります。年賀状も同じでした。そういう意味では、書く話題がそれなりに意識が高いのであります。

咲き始めたドウダンツツジ。

そして、共通点のもう一つは、その結果の弱点でありまして、他人の目を気にするあまりに、内面が乏しいということであります。旅行の話、食べ物の話、やった業績、会った人、そういうことによって自分の生活がいかに充実しているか、意味があるかと言う書き方なんですが、その一方で本当に今考えていることや気になっていること、あるいは社会で解決したいこと、心底心配していること、そういうこだわりなり執着が実はないのであります。他人から見た、自分のスケジュール帳のようになっているわけで、あまりに客観的過ぎるのであります。要するに、抜け殻でありまして、実はもっと高級な店での食事や、もっと豪勢な旅行や、輝かしい業績を書きたいのだけれども、そんなものには手が届かないという悲しみが付きまとっているのであります。なんだか非常にかわいそうなのかもしれないのであります。もちろん、世の中の普通の人から見たら、ある意味充実しているから、見た目はそこそこのブログであります。また、あの年賀状も、結構ハイソな文面だったのであります。しかし、その人より出世を遂げた人は、だいたいシンプルな年賀状だったり、ブログも特に書いていなかったりするのであります。これって、怖いことでありましょう。

  書いていること、書かないことを突き詰めると、その人が分かってしまう。

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