Born On the Fourth of July.独立記念日生まれ。(7)

若い頃の自分は貧乏だったのかどうか、というようなことを自分で考えても、なかなか客観的な判断はできないわけであります。大人になった今は、多少は世の中の金持や貧乏人を見てきましたので、それなりの判断は付くということであります。ただ、お金があるということによって、果たして幸せかどうかということになると、限りなく懐疑的になりますので、これは判断が付きません。何せ人の胸の中なんか全く分からないわけでありますから、判定不能であります。大学に進学するときに、実はそのあたりの点検を自分に施しまして、自分というよりは親がどうなのかということを突き詰めてみたのであります。これは非常に有益でありまして、自分のことよりも親の人生を判断するのは難しくありません。どこに生まれて、どんな親(すなわち祖父母)を持ち、どんな学歴で、今どんな職業で、夫婦関係はどうか、財産はどうか、貯金はあるか、周囲との関係はどんなものか、ということであります。両親の場合には兄弟がたくさんおりましたか画像ら、その人たち(伯父・伯母・叔父・叔母)と比較すると一目瞭然だったのであります。その時の判断は、この30年ぶれませんでしたので、まあ単純な親だったのであります。

投票済証。

昔判断した親についての評価と、現在の自分への評価を比べてみると、一番忌々しいのはコストパフォーマンスの点でありまして、築いた財産が自分に比べて親の方が莫大でありあります。かけた経費と残した財産を考えると、私はあと1万年くらい働かないと追いつかないのであります。私だって、同世代の人から比べたらコスパの良い人間でありますけれども、しかし、あんな風には稼げないということなのであります。親の場合は、それなりの貧乏から、そこそこの貧乏に落ち着きまして、しかしよくまあ稼いだものだと驚くのであります。私の場合はそこそこの貧乏の恩恵にあずかりまして、いろいろ巡り合わせがよくて、贅沢がほとんど必要のない清貧状態であります。酒も煙草もギャンブルもほとんど無縁でありまして、美食も必要ない、手抜きの掃除が大好きで、とりあえず飯は炊けるんですから、これで宝くじに当たったらずるい方であります。入院した経験は子どものころに半日だけ、同室の子供は不治の病の子供でした。何だか申し訳ないな。これでぽっくり逝ったら最高でありましょう。死ぬときに言う言葉はもう決めてあります。これを言うと家族は無言になって無視いたしますな。どうして?

   おいら、こう見えても一度は死んでみたかったんだ。あの世に興味津々。

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