Let's walk around on a detour. 月が青いから。(2)

子どもの頃のお菓子ということを考えてみると、たしかにスナック菓子というようなものはなかったわけで、大量生産されテレビで宣伝し店頭でまみえる最初というのは、かっぱえびせんかカールだったかもしれません。チョコレートもロッテとか明治は宣伝していたはずですが、記憶に残るのはエンゼルパイ。長らく謎だったのでありまして、単価が高いというのが買えない理由だったかもしれません。50円でチョコレートが買える時に、たぶん100円だったはずで、初めて食べた時には感激したかもしれませんが、今となってはどうでもいいというお菓子でありましょう。宣伝で気になったの画像は、あたりまえだのクラッカーというヤツで、「てなもんや三度笠」という人気番組で盛んにコマーシャルを流していたものであります。あれも今でもあるはずですが、宣伝してお菓子を売るという点で勇気のあることだったろうと思うわけです。売れたから宣伝するのか、売れそうだから宣伝するのか、そのあたりは素人には分かりません。

サルスベリ。

たぶん、キューピーの研究所の成果だったと思うのでありますが、お正月料理のおせちの普及というのが、実は戦後のテレビと雑誌によって主導された物であって、それまでなかった風習がさも当たり前のように世の中に入り込んだという研究がありました。お雑煮ならともかく、おせちとなると胡散臭いわけでありまして、「今日の料理」などという番組の都合上、さも当然の如くこれこれを詰め合わせますとやるのでありましょう。1990年くらいにデパートに行っておせちを詰める重箱を探したら、見事に見つからないということがありました。ようするにもともと存在しないものを、存在するかのように演出はしてみたものの世の中はもうそんなものは不要だったのであります。じゃあ、今の我が家に重箱がないかというとちゃんとありまして、どこかのスーパーで安いものを見付けてそのまま使っているのであります。雑誌の都合やテレビの都合で架空のものが実体化したことはいくらでもありそうです。

   多少は夢を与えることも必要だったということですか。

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