Take things as they come.甘んじて受ける。(5)  

世界は広いので、見たこともないような風景があったり、知らない歴史があったりしまして、時々はっとさせられるものであります。昔よく聞かされたのは、勉強すればするほど自分が無知であるとわかるという話がありまして、それは実にいい話なのであります。たぶん、旅行をすればするほど、行っていないところがたくさんに増えるわけで、行けば行くほど未知の土地が広がるのであります。逆説的に言うと、井の中の蛙がもっとも大海を知る存在と言うことはあるかもしれません。山本夏彦さんと言うエッセイストがいましたけれども、ある時酒場か何かで、百人切りを自慢する男と隣り合わせになって、聞くともなくその自慢を聞いたという話がありましたが、相手を変えれば経験が豊富とは言えないなと言うのが山本翁の見解であります。この場合の百人切りは、戦場の話ではなくて、男女の問題でありますが、山本夏彦さんの鋭さが冴えていて好きな話であります。場数を踏んでいないから経験が乏しいとは一概に言画像えないということなのであります。時々、人に本を読めと言う人がいますが、多読すればいいのかどうか、人それぞれなのかもしれません。

イモカタバミの群れに一輪のドクダミ。

TOKIOの謝罪会見において、被害者への配慮の言葉が何度も繰り返されまして、まあそういうことでいいのでありましょうが、それは残る四人のメンバーが本人に成り代わって詫びているからいいのでありましょう。これを受けて、ニュースのキャスターなどが被害者への配慮が大切ですと繰り返すと、いきなり陳腐になりそうであります。この場合、加害者の側は謝るんですが、報道はもっと客観的な立場になって報道に徹するべきでありましょう。実は、四人のメンバーの言葉は被害者を突き止めようとする報道への規制を要求しているわけで、要求を突き付けられている報道側が、それを他人事のように繰り返すのは愚かなのであります。どうも、報道する側が興奮して、加害者や被害者の周りをかき回すわけで、そこを何とか控えてくれと要請しているんですが、何だか事件そのものよりも、たしなみのない報道の方が芸能人の悩みの種なのでありましょう。気を遣っているふりをするために、自分たちに向けられた言葉を報道関係者が理解しないふりをしているような気がするのであります。鈍感なんでしょうね。本当は、加害者が被害者に直接面会して謝罪して来ましたと報告するだけでいいのであって、ついでに被害者への配慮を呼びかけるのが出過ぎた行為であります。それを報道が自分たちへのメッセージとも感じずに、検証しないで、その通り配慮が必要ですね、と言っても無意味な感じがあるのであります。

  「世間の皆様ご配慮下さいませ」と世間に自重を求められるわけでもあるまい。

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