今こそ聞きたい和久井映見 アルバム名曲選(2)

③ 挑発的なダンス
   
作詞;康珍化 作曲;羽田一郎 編曲;門倉聡
※第2番目のアルバム「LUNARE(ルナーレ)」の4曲目
♪見つめたり もつれたり ねじれたり

ダンスで踊っている二人という歌詞でありまして、このアルバムの1曲目「カサノバ・サーカス」の同工異曲であります。ギターの音色で始まったり、中華風の節回しがあったりと、編曲が面白いのでありますが、それにもまして和久井映見さんの発声が絶妙でありまし、小悪魔の鼻歌という感じが強いのであります。この歌い手さんは、歌によって振り幅が大きいという感じがあるわけで、アルバムの構成もそれを際立たせるように、ひとつ前の3曲目に「手紙をください」という曲を配置しているのであります。そちらは、しっとりとしたハワイアン風の編曲です。「手紙をください」の主人公が、一人の男性にだけ心を許して、手紙に流麗な草書体の字を万年筆の青インクでしたためて、後は編み物をする人だとすると、この「挑発的なダンス」の女性は、ダンスフロアでいい男を見付けたら手っ取り早くキスしてものにするというような印象でありまして、人格が別であります。曲想によっていろんな歌い方や発声をするというのは、当然と言えば当然ですが、破綻なく歌って演じて見せるのは、ちょっとそれなりの才能が必要だろうと思うのであります。人気の歌い手でも、いつも同じ声で同じ歌い方という人は案外多いと思います。8点

④ 拒めると思った
   
作詞;戸沢暢美 作曲;亀井登志夫 編曲;門倉聡
※第3番目のアルバム「なぜ愛しているふりをするの」の6曲目。第7番目のアルバム「あなたがわたしにくれたもの」では、その9曲目。
♪ひとりで車を 下りたのは気まぐれ 今日のこと覚えていてね

歌詞カードには「今日のこと」とあるんですが、実際の歌声は「このこと」と歌っているのであります。これは2番の最後のところでありまして、参考のために1番の終わりを見てみると、こちらは「視線の温度を熱くして見つめた そのとき汽笛が鳴った」とありまして、「そのとき」と4音節であります。やはり「このこと」のほうが落ち着きがいいようでありまして、だとすると「今日」を「こ」と読ませるのかもしれないのであります。それも無理なら、歌詞の変更を歌詞カードが反映できなかったと考えるべきでしょう。小さなことかもしれませんが、結構あることで、チューリップが歌った「サボテンの花」(1975年)で、「絶え間なく降り注ぐこの雪のように」「窓に降り注ぐこの雪のように」と歌っているんですが、本来の歌詞は後の方が「窓に溶けていく雪のように」だったらしいのであります。Wikipediaに本人の談話が出ているんですが、間違えて歌ったまま流布したという点には問題があるわけで、非常に興味深いと思います。さて、この「拒めると思った」は、たぶんボサノバのリズムの歌であります。三角関係の奪い取る側の歌でありまして、誘惑したってことです。だから、そういう点では倫理的に問題のある内容でありますが、編曲も含めてその秘め事の雰囲気が盛り上がりまして、これこそ禁断の蜜の味ということを感じさせてしまう歌であります。低い声が魅力的なんですが、女性歌手でこんなに低い声の人っていました? 8点

⑤ ことりのテーマ
   
作詞;康珍化 作曲;小倉博和 編曲;門倉聡
※第3番目のアルバム「なぜ愛してるふりをするの」の7曲目。
♪やさし過ぎる人から まず 夢の羽根をたたむビルの街

この歌を「反則」と指摘する人もいまして、なるほどその通りだと思います。この場合の「反則」というのは、オタク用語またはネット用語でありまして、ほとんど「ナイス」の意味であります。つまり、「その手があったか」というような、一種の羨望でありまして、感動を表します。「反則」の原義である、「決められたルールに違反している」というような、従来のありふれた使い方を考えてはダメなんでありましょう。たとえば、プロレスというのはけっして純然たるスポーツではないわけで、一種の見世物として存在するわけで、普通に言えば娯楽であります。だから、相手の得意技にわざとかかってあげるようなところがありまして、ジャイアント馬場の十六文キックをちゃんと受けるのがプロレスの醍醐味であります。こう書くと好きなのか?と聞かれそうですが、いえ、別に好きではありません。だから、悪役がリング下で凶器を手にするのもお約束でありまして、それこそ善玉が輝くためのシステムが反則なのであります。観衆を熱狂させる仕掛けが「反則」なのであります。和久井映見さんに「外泊する不良少女」の歌を歌わせるというのは、危険な賭けでありますが、そういう状況で純情とか理性とか智恵というものを感じさせたら、これは最高であります。親や学校に管理されたお勉強の中で、純情や理性や知恵は発揮しようがないのであります。思春期を真面目に過ごしても、エリートの成れの果てはモラルハザードでありまして、そのことは直感としては誰もが持つものであります。未成年の外泊は、転落の一歩でありますが、そうすることでちゃんとした大人になるということもあるかもしれないというファンタジーの世界がこの歌です。そういうところにまで踏み込んで行って、それを歌える歌い手を選んで、しっかりプロモーションしていると思います。斉藤由貴さんの「AXIA~かなしいことり~」(1985年)の中に出て来る「ことり」を思い浮かべましたが、さて作り手側はそこを意識していたのかどうか気になります。9点

⑥ おかえりなさい
   
作詞;康珍化 作曲;楠瀬誠士郎 編曲;門倉聡
※第5番目のアルバム「だれかがあなたにキスしてる」の2曲目。第7番目のアルバム「あなたがわたしにくれたもの」の6曲目にも。
♪大事な人 おかえりなさい こころだけが胸に飛び込んだ

踏切を挟んで、向こうとこっちに分かれていて、知り合いをみるという経験がぐんと少なくなりました。線路が高架になって、踏切が少なくなったということが影響しているのであります。1990年代までなら、東京都区内の山手線にも踏切はあったし、中央線にもいくらでもあったのであります。クリスマスの日の一瞬を切り取ったものでありまして、彼が遠い南の国に行っていてすねている女性の目に、彼の姿が飛び込んできたという図なのであります。彼は、エリートサラリーマンなら赴任地はシンガポールあたりでありますけれども、医師とか類人猿の研究者ならアフリカあたりに行っている人と言うことになります。シンガポールみたいな都会なら追いかけて行ってそっちでクリスマスができますが、ジャングルだったら彼女は待つしかないのであります。だったら、設定は後者かと思うわけでありますけれども、どうなんでありましょう。チンパンジーのアイちゃんの話がありましたけれども、あれが檻の中にいるのを見たことがありましたが、まあ、まったくのチンパンジーでありまして、知性を期待するのは思い込みだと感じました。類人猿の研究は、本人の願望希望哲学が対象に投影されてしまうようです。ともかく、待たされる女性というのは、たぶん一昔前の理想の女性像だったんであります。今の若者にはもう理解不能な歌かもしれないのでありますが、私のような老人としてはとても好ましい歌でありまして、帰国した男性の立場になってこの歌を堪能してしまうわけです。ワルツの3拍子が、これまたとても心地よい。イントロに何かセリフがあるように聞こえるんですが、なんて言っているんだろう? 10点

⑦ ずっとこうしてたい
   
作詞;康珍化 作曲;石川Kanji 編曲;門倉聡
※第5番目のアルバム「だれかがあなたにキスしてる」の4曲目。 
♪ ずっとこうしてたい ずっとこうしてたい もう会わないつもりだったのに

奥手の男女の交際が進展したところを描く歌でありまして、互いに身を委ねてうっとりしている場面を描く歌であります。懐かしいリズム、懐かしいメロディ、歌詞の心地よい繰り返しでありまして、編曲もいいと思います。おそらく、本来は成人した団塊ジュニア世代の男子をターゲットにした歌でありましょう。団塊の世代と言うのは高度経済成長前のころに大量に生まれた人たちでありまして、一学年が270万人くらいなのであります。現在の学齢期の子供の一学年が100万人前後すから、およそ3倍もいたのであります。私の世代はその団塊世代と、団塊の子供世代の間にあって120万人くらいしかない時でありました。学校の教室が半分使わないでガラガラに空いていたのを覚えております。団塊世代は中学卒で終わる人も多くて、大学まで行ったのは2割くらい、それが段階ジュニアでは4割ですが、都会では6割くらい大学に進学したはずであります。要するにモラトリアムがぐんと伸びまして、肉体的な関係よりも純愛が「初恋」の条件になったのであります。「初恋」というのは、島崎藤村の「若菜抄」では肉体関係なんでありますが、村下孝蔵さんの「初恋」(1983年)なんか告白もしていないという関係でありまして、宇多田ヒカルさんの「初恋」(2018年)もまた肉体関係の前と言う感じなのであります。この和久井映見さんの歌は、どちらかと言うと「若菜抄」に近いわけで、なるようになった後の初恋の歌であります。フォークソングが流行した頃にありそうな雰囲気でありまして、ひたすら懐かしい感じがして、いい歌なのであります。タイトルも歌詞にも「初恋」とは出てきませんが、こういうのが本当の「初恋」だと思う次第です。「恋慕」っていうのは、なるようになった後の話でありまして、単なる妄想は「恋」ではないかもと思うのです。8点

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