Zeal has wings.熱しやすく冷めやすい。(5)

気が付けば2月も終了でありまして、お雛様を出すのを忘れておりましたから、さてどうしたものか。去年も前の日になって用意しましたが、飾る方の努力に比べて、見る方はそっけないのでありまして、もうそろそろ閉店間近なのであります。要するに親としての仕事も商売のようなものでありまして、あれやこれや揃えて過不足のないように切り盛りをしたのでありますけれども、感謝は乏しく、苦情が大きいというような有様でありまして、その理由もよく分かっておりますから、しおしおと店仕舞いを考えるのであります。

断捨離ということを考えて、あれこれ手を打っているのでありますが、実際にやってみるとなかなか進捗しないわけで、難しいものであります。たぶん、世間によくあるダイエットと同じでありまして、食べなければ痩せるんですが、食べないわけにもいかないわけで、食べながらでは効果は薄いのであります。生活しながら物を減らすというのは、非常に困難を伴いまして、特に自分の持ち物なら捨てるのは簡単でありまして、生活習慣を変えるのも簡単であります。しかしながら、家族との境界上にある物や習慣を捨てたり変更するのは容易ではないのであります。

アルバムと言いますか、写真を減らそうと考えまして、それを一か所に集めたところまでは上出来でありました。かさばっている昔のアルバムを解体するというのがまず第一段階。アルバムが古び、そして大きくて重いわけでありまして、そこから写真を剥がすのであります。ここから先が難しい。アルバムに貼らなかった写真が大量に出てきまして、そこからピンボケ写真、人の姿が切れている写真、表情が分からない写真、赤の他人しか映っていない写真を排除するのは簡単です。さて、そこそこの写りの写真を捨てるところで、ぐぐっとブレーキがかかります。

古い写真を見ていて、何となく気が付いたのは、写真が消費される環境の変化であります。50年くらい前は白黒写真でありまして、基本的には記念写真なのであります。まもなくカラー写真になりますと、さりげないスナップ写真が増えるんですが、それでも手はピースをしていたりと、まあ写真は特別なものだったのであります。高校時代に行事や旅行を撮影した大量の写真がアルバムに貼り付けられて、写真は手軽になったのであります。ただし、あれは焼き増しで、結構高いお金を掛けたものであります。

30年くらい前から、家族のお出かけをフィルム一本で撮影するようになりまして、他人が出て来なくなる。20年くらい前からデジタルカメラになって、ピンボケ写真がぐんと減りまして、画質もよくなるのでありますけれども、おそらく写すほうも写されるほうも特別感がなくて、全然カメラ目線じゃなくなります。10年前のあたりで紙焼き写真は終了、写真は撮影したその場で楽しむものになり、長期保存して楽しむものではなくなったのであります。ちなみに、ビデオカメラで撮影した映像は、30年前の物は画質も音質も悪くて鑑賞に耐えず、20年前の物はだらだらしていて見ていると飽きてしまいまして、おそらく撮影したものを短く編集した物以外は捨てるしかないことでしょう。写真も記念撮影した物以外は、捨てても大丈夫という気がいたします。

  写真館に行って撮影していた写真以外は価値がないかも。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック