Zeal has wings.熱しやすく冷めやすい。(7)

ようやく三月も半ばに来まして、ちょっとだけ暖かいのであります。最も寒い時期には日中の最高気温が10度に届きませんでしたが、このところ15度を超えるわけで、こうなると暑いくらいだと感じたりします。ただ、暑いというのは相対的に感じているだけで、これが秋たけなわの10月ならその気温は寒いのであります。冬の間に体が冬バージョンになりまして、寒くないだけなのを暑いと感じたりするわけであります。適応するというのはそういうことでありまして、ちょっと暖かいと暑いと言ったりするのであります。

国民の貧困ということが問題になりまして、若い人が暮らして行けないというような話もあるのであります。一方で、成り上がってお金をばらまく人も出てきまして、世の中の混乱ぶりもなかなかすさまじいのであります。ちょっと週刊誌を眺めたり、月刊誌の目次を見たりすると、お金持ちと貧乏人の行動はここが違うというような記事がありまして、それをネットでも読むことができたり、動画サイトで面白おかしく、金持ちと貧乏人の違いを解説しているものまであります。ついつい見てしまうのでありますが、基本的には金持ちの方がストイックで清貧そうであり、貧乏人は安物買いの銭失いというような指摘が基本のようであります。

そういう記事を見ていると、不思議に思うのでありますが、この記事を書いている人は世の中の人間を二分して見ているだけなのかなあと思うわけです。それが経済誌であれば、経営者と従業員という区分であり、週刊誌なら会社の役員以上とひらのサラリーマンというような区分を前提にするのでありましょう。単純に若者向けなら、親がリッチなボンボンまたはお嬢さんと、親が貧乏なその他大勢というような区分なのかもと思うわけです。

1980年代に『金魂巻』という本がありまして、著者は渡辺和博さんという人でしたが「まる金・まるビ」という流行語を流行らせて、世の中に旋風を巻き起こしたのでありますが、いまその本をAmazonで検索して探して見ても、その本のキモの部分は分からないのであります。ただ、なんとなく残っている記憶からすると、最近の「金持ちと貧乏人の違い」というような記事がとても浅薄でありまして、30年以上が経過して、世の中の人の感性がむしろ貧弱になったのだなあと思うのであります。

『金魂巻』という本の面白いところは、金を持っているか持っていないか、という観点のほかに、時間の余裕があるかないかという視点を持ち込みまして、それである職業の人を四分割したのであります。「お金も時間もある」というのが「まる金」だったと思うのですが、記憶だけで書いてますので間違っていたらごめんなさい。でもって「お金も時間もない」というのが「まるビ」であります。お金があるけれど時間がないとか、お金はないが時間はあるというくくりもあったのであります。今時の記事は、知らず知らずこの区分を踏襲する形で書いているようですが、同じ職業の人の中に貧富があるということをすっぱ抜いたのが秀逸でした。おそらく、若者は職業の中に貧富があるとは思っていないのじゃないかな。今時の記事の多くは、金持ち=幸福という図式に陥っていて、貧乏=不幸という恐怖感をあおっているだけのようであります。同じように老人に対しても、老後にはこんだけたくわえがないと大変だよ、と脅かしているのであります。

  金を握っているから詐欺に遭うというのは、どう説明する?

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック