Waste not, want not.もったいない。(6)



退屈なのでありますが、さりとてブログに書くようなことも特にないので、最近本棚から引っ張り出したままになっていた古典の本から、適当に開いたところを、これまた適当に訳して、暇つぶしを試みたいと思います。主人公は空也上人でありまして、まあ相当に有名な平安時代のお坊さんであります。出自が分らないそうで、だとすれば本当は偉い人の御落胤ではないかという話もあるそうです。そうかもしれないのであります。出典は『古今著聞集』という説話集の巻の第十三、「哀傷」という分類でありまして、まあ死者を弔う話を集めた巻の、その冒頭にある話であります。タイトルは「空也上人が歌を詠んで、孤児を慰めたこと」でありまして、この坊さんが人気だったわけが分かるような話でありましょう。(この『古今著聞集』の編者は橘成季という人ですが、あの『枕草子』を書いた清少納言の直系の子孫であります。)

空也上人が、どこかの大通りを通り過ぎた時に、ある家の門に、年齢は七歳くらいの子供が泣いて立っていた。

(古典のことですから、七歳と言うのは数え年と言うものでありまして、今で言うなら五歳か六歳、幼稚園の年長さんくらいと思ったほうがいいのであります。)

空也上人が、「なんで泣いているのか」とお尋ねになると、子供が答えるには、「自分は二歳と申します時に、父上に先立たれました。ただ一人の親だと頼りにしておりました母に、この夜明けにまた先立たれました。今となっては一体誰を頼りにして生きて行けばいいのか分からない。両親にどれだけ生まれ変わったら、もう一度巡り合うことができるでしょう」と言ったので、空也上人はこれを聞いて、「もう泣かなくていいよ」となだめておいて、指をぱちぱち鳴らしておっしゃったのは、
   朝夕嘆心忘後前立常習
と唱えてその場を立ち去りなさった。

(お父さんに二歳で先立たれたというのは、穏やかな話ではありません。数え年の二歳と言うのは、これは乳児でありまして物心も付かない頃のことであります。数え年では、生まれた瞬間に一歳でありまして、どうしてかと言うとゼロという数字の概念がないからであります。生まれたら必ず一歳と数えるわけであります。次に迎えた正月で二歳でありますから、二歳と言うのは、生後二日目から一歳寸前までが該当しまして、普通の子供なら歩き始め、喃語と言う赤ちゃん言葉をむにゃむにゃ話す頃までです。たぶん記憶はない。だとすると、この子供は私生児か何かで、母上は子供に「お父ちゃんは、お前が生まれてすぐに亡くなったのよ」と教えていたのでありましょう。そんな女性が子育て中に亡くなったのでありますから、この子供の将来は真っ暗であります。空也上人だって、その辺は察知したことでありましょうけれど、この人は甘くはないのでありますよ。「チョウセキタンシンボウゴゼンリツジョウシュウ」と呪文を唱えて通過であります。意味の分かる人には、空也上人がヤバイ人だというのは分かったはずであります。すごい毒舌と言うか、達観というか)

子供は空也上人の言葉を聞いて、すぐに泣き止んだ。村の人が「あんなに悲しんでいたのに、なんで泣き止んだのか」と尋ねたところ、「空也上人の授けてくださった言葉がある、その意味は」と言って歌を詠んだ。
   朝な夕なに嘆き悲しむ気持ちを忘れてしまうがよい。
    次々人が死んで、先立たれたり先だったりするのは
     世の中にいくらでもあることで、珍しくもない。
七歳の人がこんなふうに理解したのも、並の人ではない、この子供も仏の化身であるよと伝えている。

(肝心の歌でありますが、数え七つの子供が詠んだというのもどうかと思うような、ちゃんとした五七五七七の歌でありまして、「朝夕に嘆く心を忘れなん後れ先立つ常の習ひぞ」という結構なものであります。ともかく、そんなに嘆くものではない。人は致死率100%だぞ、というような話なのであります。母を亡くした身寄りのない子供に、同情を示すのではなくて、人は常に死んでおるのだ、と言い聞かせたのであります。)

賢い子供は数えの七つでも、ちゃんとしているものだと思いますので、これもありかと思うわけです。






ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント