Let's meet in a dream. 夢で逢いましょう。(8)

今朝の夢の中に、先日失言して会長職を降りた元総理が出てきまして、通路の向こうからやって来て、すれ違う時にあちらが「やあ、やあ」と言いながら脇をすり抜けました。そのあと、夢の中でコピー機のある部屋でコピーをしようとしたのでありますが、誰かと鞄がもつれて目が覚めました。持ち物が絡んでもつれるという展開でなければ目も覚めず、元総理とすれちがったことも忘れたのではないかと思うのであります。こんな夢を見たよと家族に告げたら、「あんたは元総理のファンだから」と言われまして、一方的にあの問題発言の支持者と見られていることが分かりました。不支持でも支持でもなく、単に昔むかしに元総理の話が面白いと言っただけなのでありまして、昔の発言を曲解して一方的に言うのは、どうかと思うわけであります。ともかく、夢の中でどんな経験を自分がしているのか、実際のところは分らないのであります。

  はたして一晩でどれくらい夢を見るのでありましょう?

五年くらい前に断捨離をしようと考えてこのブログにもあれこれ書いたのでありますけれども、読み返してみるとなかなか発見があって面白いのであります。何より捨てた物をすっかり忘れていたりするのであります。五年前に何があったかというと、我が家にネズミが住み着きまして、それを駆逐するのに随分苦労したのであります。ネズミを退治したついでに、せっせといろんなものを処分したのでありまして、まず家の周囲に余計なものが無くなったのは大成功でありました。それでも毎日のように物はだぶつきますので、用心しないといろんなものが溜まるのであります。だぶついたと意識してから捨てるまでには、かなり時間が必要でありまして、捨ててよいのかどうか慎重に考慮を重ね、捨て方を考え抜いて、ようやく捨てるわけで、物を買う時の簡単さに比べて、捨てる時の手間暇はばかにならないのであります。

  断捨離も、ある意味暇つぶし、高尚な趣味であります。

YouTubeなんかで断捨離の動画を見ていると、語っている人はみんなえらそうでありまして、要するに断捨離する私は、おいらは、吾輩はえらいのだと表情や身振り手振りが雄弁であります。捨てるほど物を持っているというポジションでありまして、さらには捨てた後の部屋が広いというアピールでありまして、映像を撮影して自慢するなら、どうにでも演出は出来てしまうわけでありまして、説得力はゼロなのであります。捨てたと称する家具や食器、衣類や書籍、それらを持って行った先は映らないのであります。捨てたなら捨てるところも披露すればいいし、売ったなら売ったときの証拠を見せればいいのでありますが、そんな動画は皆無、さらさらないのでありまして、何にもなくなった部屋を映してどうだと言っても、嘘くさいこと、この上ないのであります。さらに動画のファンが付いて、しばらくすると、何やらあやしげな商品を売り始めたりしますので、ああ、そうか、そういう御商売だったのかと分かるわけです。

  ミニマリストを売りにするということは、物欲の塊ってことか。

この三年間で、段ボール30箱くらい物を処分しましたけれども、油断していると物がどんどんだぶつくのであります。遠くにあった家を一件処分しましたけれども、その時処分しきれずに段ボール15箱くらい、現在の住まいに持ち込む羽目になりましたけれども、結局いまでも2箱くらい残っているのであります。猛烈に捨てても残るものがある、というわけです。さらに我が家も人の出入りがありましたので、15箱くらい荷造りをしてみましたが、5箱が残留し、それをようやく1箱まで減らしたのであります。ゼロにするのは難しいものであります。そこまで努力している傍らで、新しい趣味を開発した家族がいて、同じくらいの分量の、つまり段ボール30箱くらいの物が我が家に流入いたしました。やれやれ。自分のものも段ボール3箱くらい処分しましたが、微々たる成果でありました。

  自分が死んだ後で、だれかに思いっきり処分してもらうか。



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