A bargain is a bargain. 忘れちゃダメよ。(8)

2020年も下半期に突入でありまして、たぶん気が付いたら終わっているというような時の流れでありましょう。時の流れは速いのでありますが、たとえば数年前に生まれた初孫の成長を考えると、どうしたことか、時の流れはゆっくりでありまして、まだおしめもしていて、のんびりと成長を見守っているというような状況なのであります。この初孫はおしめが取れていない状態なのに、実は文字列が読み取れまして、両親が大喜び、磁石式のホワイトボードにあれこれ文字を書いて読ませて見せてくれました。ははん、幼少期に床屋のマンガを読んで見せて、褒美にマンガをもらって来た祖父の私に似て早熟なのでありましょう。実は本当に小さい時に、算数の計算帳をねだった記憶がありまして、鉛筆で数式を書いていた記憶があります。それはともかく、前回のつづきで、自分の中で消化できていない思い出を書き出してみることにいたします。

   誘拐犯、もしくは本当の両親

中学生になりたての頃であります。後で自転車を購入して通学した記憶がありますので、それ以前、徒歩でとぼとぼと登下校していた頃のことであります。一人で校門を出て、我が家へ続く一本道を歩いて帰り始めたのでありますけれども、何せ20年前には国の放牧地で荒れ地であったところでありますから、春まだ浅い頃と言うこともあって、目に映るのは活火山の山脈とそこから麓に連なる台地位なものでありまして、それを見ながら少しずつ上り坂になっているアスファルト道路を歩くのであります。学校が遠ざかって人気のなくなった辺りで、音もなく近寄って来た一台の乗用車に、声を掛けられます。乗っているのは親の世代の夫婦と思われる二人でありまして、助手席側のドアを開けて、歩いている私を呼んだのであります。どちらかと言うとハンドルを握っていた男性が質問主でありまして、会話の内容は忘れましたが、あまり不自然に感じなかったことを考えると、その道の奥にある秘境の温泉へ行きたいという話だったと思うのであります。東京方面から国道で北上すると、その温泉への基本ルートはもう少し北の国道なのでありますが、私の中学の所から折れて近道があって、それが舗装されて便利になったばかりのころであります。受け答えをしているうちに、後部座席に乗せて行ってあげるよというような話になりまして、親切に道を教えた見返りでありましてすんなり乗ってしまったのであります。数分で我が家の前に到着したのであります。ただそれだけでありますが、我が家は金持ちではありませんから誘拐犯ではないと考えると、あれは本当の両親が中学生になった私を一目見たさに中学校の校門に張り付いて様子をうかがっていたのかも、と思ったりするのであります。

   面識のない人の家を訪問

学生時代に雑誌を発行するサークルに居て、童話作家を訪問して原稿を依頼しようということになったのであります。担当者は女子でありますけれども、結構有名な女子高の出身者で、東京の私立の女子高の御三家だったんじゃないかとうようなところの人でありますから、まあ普通には洗練された都会の女の子のはずであります。授業のない土曜日にどこかで落ち合って、茅ケ崎の作家さんの家を訪問する手はずでありますが、これがまあ、当日の朝にドタキャンされまして、やむなく一人で山手線から東海道線に乗り換えて、はるばる茅ケ崎までの旅行であります。たぶん、東海道線の普通列車は初めてのことでありまして、物珍しかったのは最初だけ、横浜を過ぎても沿線風景は少しもきれいではなく、ひたすら茅ケ崎になるのを待つような状態だったのであります。その上、途中から暴風雨でありまして、茅ヶ崎駅を降りたらもみくちゃ、たった一人で作家さんに聞いていた路線バスに乗り込みまして、途中海岸沿いに走ってから住宅街と松林の間のバス停で降りました。降りたところで右も左もわからないのでありますが、適当に住宅街に入り込んでお目当ての方の表札を発見いたしました。紅茶などをいただきながら、打ち合わせを終えまして、その頃にはお子さんが学校から帰宅したりしましたけれども、その家を辞してからの行動が記憶から抜けております。ともかく茅ヶ崎駅に辿り着いたのでありましょう、ホームからまた列車に乗って帰って来たのであります。帰りはもっと遠かったような気がするのでありますけれども、ドタキャンした女子は何をどう考えていたのか。よくまあ迷わずに行き着き、そして帰って来たものであります。

   自転車で道に迷う

うちの子供が駅前に停めていた自転車が、放置自転車扱いで当局に回収されまして、返してほしかったら取りに来て罰金を払ってくれというような連絡が来たのであります。自転車は10キロくらい離れた町はずれの放置自転車の集積場に持っていかれたようでありまして、暇なお父さんが取りに行ってくれというような話であります。五月半ばの晴れた日の午前中に支度を調えまして、電車に乗って耳にしたこともない郊外の駅にお出かけであります。電車から降りると、ホームは幹線道路の上をまたぐ高架の上でありまして、地面に降りるのにエレベータを使いまして、降りると目の前の幹線道路はトラックの轟音の渋滞中であります。高架の線路伝いに歩いてゆくと、放置自転車の集積場の看板が出てきまして、集積場は金網で囲われた高架下の薄暗いというよりは、もはや暗黒の空き地であります。目が慣れると、そこにずらりと自転車やバイクが並べられておりまして、高架を支えるコンクリートの柱が延々と見え、どこまでも果てがないような空間であります。頑丈そうな扉を開けて中に入ると、小屋のようなものがありまして、そこに「千と千尋の神隠し」に出て来る蜘蛛じいさんのような人が二三人立ち働いているのであります。受け付けに連絡を受けた時の葉書を提示し、日誌のようなものに名前を記入して、ワンコインくらいの罰金を払うと、葉書の記号番号を頼りに蜘蛛じいさんのひとりが自転車を取り出してくれました。ここから、旅の始まりであります。地図で見当を付けていたように、用水堀にそった道をひたすら走りまして、後は幹線道路や線路をまたぐ跨線橋をなんとか上ったり下りたりして、ようやく我が家の近くの大きな公園の入り口に辿り着きました。ところが、公園に入って自転車を漕いで10分ほどすると、最初の公園の入り口に戻ってしまったのであります。あれれ、と言うような気持で気を取り直して自転車を漕いだら、また10分で最初の入り口であります。そこで、公園の中の分岐点でさっきは右に行ったが今度は左のルートを取ったのでありますが、またしても公園の入り口。焦ること焦ること、何が自分に起きたのか分からなくなりまして、生暖かった五月中旬の風がひんやりとしたのであります。5分ほど漕ぐと、最初とまったく同じ分岐点でありまして、そこでようやくスマホを持っていたことに気付いて、グーグルの地図を出して自分の位置を確かめました。何だこりゃということで、もう一度公園の入り口に戻り、そこからまったく別のルートで我が家に帰還したのであります。どうやら大きな公園の中を、自分では直進したつもりなのに、半径500メートルくらいの円を描いて舞い戻っていたようであります。ああ、恐かった。




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