粗忽庵日記(高原のテラスで十二ヶ月)

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zoom RSS You can't take it with you. 何も持たでぞあらまほしき。(兼好)

<<   作成日時 : 2011/09/16 12:24   >>

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画像たぶん、モチノキ科のイヌツゲだと思うのですが、植物を同定する自信がありません。庭にむんずと生えておりまして、剪定してあるんですが、花も実も確認できませんから、小さな葉っぱだけ見ているわけで、今年はその葉っぱが何となくくすんで枯れているわけで、私は放射能を浴びて元気がないんだと、勝手に素人考えしているわけです。誰かに補償して欲しいなんて思いますが、本当の被害に遭われている方を思うと、余計な手間を取らせたく無いと思います。

もちろん、そこに空蝉が載っております。

イヌツゲの枝先で脱皮したんでありましょう。その辺でミンミン鳴いていた蝉の、抜け殻でありまして、この近くには、カイズカイブキも一本あるんですが、その葉っぱの先にも幾つか空蝉がへばりついております。地面を見ると、傘の石突きで突いたような穴が幾つかありますから、地面から地上に出てきたのがその穴で、イヌツゲやカイズカイブキによじ登り、脱皮して鳴いていたというふうに想像いたします。もう蝉は鳴いていません。さすがに、遅く咲いたアジサイも色褪せてドライフラワーとなり、四五日楽しませてくれた桔梗も今朝はしぼんでおりました。ムラサキツユクサも、昨日から一輪も咲いておりませんから、秋はしっかり到来し、夏は去っていったのです。気温だけが異常に高いままの、秋と言うことになりますね。

    暑さ寒さも彼岸まで、とはよく言ったものであります。いきなり寒くなりそうな予感もしますね。

画像タイトルは、またまた『徒然草』の一節です。第140段の末尾の言葉です。人は生まれたときには何も持たずに生まれてくるなんて事を申します。だから死ぬときも持って行けないのだよと言われると、そうだなあと思います。それなのに財産をもらったり築いたり、人は忙しいのであります。私の父は、着の身着のままで軍馬補充部跡の開拓地に入植しましたから、それからすると実に効率よく財産を築いた人でありまして、えらいんでありますが、実は隣にしっかりした叔父さんが一緒に入植しましたので、お気楽な人生だったのであります。仲良きことは美しきかな、でありまして、それでも時にはケンカをしたりして過ごしてきたようであります。

写真は、家庭菜園に実ったイチゴ。季節はずれ。

人知れぬ苦労は、聞いておりますが、いきなり話したら仰天するようなことばかりであります。その段階まで戻っても私は驚かない覚悟がありますよ。だから近所は逃げ出した人ばかりだったんですね。しょうがないからそれも耕したというわけです。都会の人が聞いたら驚くような、それはそれは広大な土地を叔父と甥の二人三脚で築いたんですが、もとは二束三文だったわけです。日本が戦争で負けたために、そして戦車や戦闘機の時代になって、馬が要らなくなったせいなのであります。時代はめまぐるしく変わり、浮き世は転変するのであります。この20年間、何かに投資した人は大損していて、何にも投資しなかった人が一番効率よかったという話を、経済に詳しい人の話として小耳に挟んだことがあります。いやはや、本を買って読んでいただけの私が、一番儲かったんでありますか?

    しかし、買って持っている本は、役に立たない本ばかりですから、これこそ大損ではないかと思います。

画像ようやく読み終えた文庫本であります。読むのが大変だったのか、というとそうではありません。面白すぎて電車を乗り過ごすと困るから、寝る前の暇なときに時々読んでいたのであります。ドナルド・キーンさんの『ドナルド・キーン自伝』でありまして、中公文庫の一冊として今年2011年2月25日に出た本でありまして、私が買ったのは再版で7月15日に出たものであります。この方が、第二次世界大戦の時に日本人の軍人の日記を翻訳していたというのは知っておりましたが、それも含めて日本文学を研究するまでの経緯や、どのように日本人と関わったのか、そういうことが角地幸男さんの翻訳ですらすらとよめるのであります。

ノーベル賞をめぐる話は、やはりただごとではありません。

私は、三島由紀夫の亡くなったずっとあとに、東京馬込あたりの三島由紀夫の家にお届け物をしたことがありましたので、そんな体験をゆめまぼろしのように思いながら、勝手になつかしくキーンさんの自伝を読むわけです。研究者の方から三島由紀夫の自筆の原稿を見せてもらったり、そのコピー版を預かったり、サンデー毎日から電話取材を受けたなんて事を、昨日のように、そして遠い過去として追憶するわけです。実は大した体験ではなくて、キーンさんを始めとしてつきあいのあった方は三島事件の後でもみくちゃになったわけですね。それでも、キーンさんが三島由紀夫との交際や友情を語る姿勢には、感動を覚えるわけです。それからもう一つ、キーンさんが自分の先生たちの話をたくさん書いていまして、学問の師匠のあるべき姿を力説するところは、とてもすがすがしいところがあります。知識の羅列ではなくて、その作品・作者への思いを語ることが大切だと書いてるんですが、ほんとにその通り。すばらしい日本人の師匠をキーンさんが持ったおかげで、我々はキーンさんというすばらしい日本文学の研究者を得たのであります。

    書きにくいこともちゃんと書いてあって、教えられることの多い一冊であります。    

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