You're dreaming.   夏草や 兵どもが 夢の跡(芭蕉)(8)

画像まだ咲いているアジサイです。二十本くらいの茎のうち、花芽を付けたのが三つなんですが、最後の三つ目がこれでありまして、大きな花びらは一枚だけなのでありまして、よもやこちらの気持ちをくんで、頑張って咲いてくれたんでありましょうか。先日、他の枝先は剪定いたしまして、来年に備えたのでありますが、この枝だけは例外として残してあるわけです。

ガクアジサイ、またはエゾアジサイ。

アジサイに種類がある、ということで驚いていてはいけないのですが、ぼんやり生きているとそういう感覚もあるわけですね。形状から言えば、ガクアジサイとエゾアジサイのどちらかでありますが、両者を区別する方法が分からないわけです。新しい課題を一つ見付けてしまいましたが、植生分布が違うので、おそらくはガクアジサイなのでありましょう。

    ヤブカラシの漢名は「烏歛苺(ウレンボ)」で、利尿・解毒・鎮痛などに薬効のある生薬らしいのですが。

画像ドウダンツツジにからむヤブカラシを撮影してみました。先日、ヤマトシジミを追いかけて、折よく葉っぱに留まってくれたので、接近して撮影できました。ところが、ヤマトシジミの留まった葉っぱが、薄い緑色でありまして、とてもきれいな木の葉の形をしているのであります。ヤマトシジミという蝶々は、とても小さなシジミ大の大きさですから、一瞬ドウダンツツジの葉っぱだろうかと思ったわけですが、形がまったく違います。探索してみると、どうも庭に寄生している蔓性の植物の葉っぱでありまして、見る度に目の敵にしているものですから、それを観察したことがありません。

よく見ると、整った葉っぱであります。

色の具合というものは不思議なものであります。日頃見慣れたヤブカラシは濃い緑に、所々赤みを帯びた感じでありまして、サツキやドウダンツツジの周りに這い回りますので、一目瞭然、えいっと引き抜いてお終いでありますが、それだけ見るとなかなかの風情であります。ましてや、葉っぱ一枚を見せられたら、なんの植物かは不明でありましょう。色も光の加減で違って見えるわけです。ジグソーパズルに取り組んでみると、自然の風景を使ったものなどは、ピースの色合いは微妙でありまして、こんな色が自然界にあるものか、どうしてこの色が混じっているのかね、などと腹を立てたりするんですが、完成してみれば納得の色合いなのであります。緑の葉っぱだと思っていたら、純白の部分があったり、真っ赤なバラの花の中に漆黒の部分が存在したりするわけです。ヤブカラシが光の加減で薄い緑色に見えるとは驚きました。


    ああ皐月 仏蘭西の野は 火の色す 君も雛罌粟 われも雛罌粟(『夏より秋へ』・与謝野晶子)
    ああさつき フランスののは ひのいろす きみもコクリコ われもコクリコ

あまり詳しいことは知らないのですが、『夏より秋へ』という家集は、与謝野晶子さんがフランスへ行ったときの歌を集めたもののようです。正直に言うと、まったく知らないと言ってもいいくらいであります。今はすべての家集をダウンロードできるのでありますが、この家集にはコクリコ(雛罌粟)がけっこう出て参ります。コクリコというのはフランス語でヒナゲシを意味するものなのでありますが、青い花も黄色い花もありますが、オレンジか赤いものが圧倒的に多いわけでありまして、それを近代出色の歌人である与謝野晶子さんは詠んでいます。たとえば「雛罌粟と矢車草とそよ風と田舎少女のしろき紗の帽」「夏川のセエルに臨むよき酒場フツクの荘の雛罌粟の花」などと歌っておりますが、あとの歌の「セエル」はたぶん誤植で、岩波文庫の『与謝野晶子歌集』を見ると「セエヌ」となっております。この歌集の末尾は、日本に置いてきた子供たちのことをしきりに詠んでいまして、情感豊かな母であったことが分かってしましますね。

    今さらに 我れくやしくも 七人の 子の母として 品のさだまる(『夏より秋へ』・与謝野晶子)

画像映画の『コクリコ坂から』を見てきましたけれども、初恋の純愛の周辺をほのぼのと描き尽くそうとしているのであります。昭和35年(1960)くらいの横浜あたりを舞台にしていますが、制作サイドは翌年に東京オリンピックを控えた昭和38年(1963)を想定しているようです。二人の恋愛には危機が生じますけれども、その危機も含めて、親子の葛藤であるとか、戦争の影であるとか、そういった背景がぼんやりとしていまして、もうちょっと踏み込んで描いてくれてもいいのではないか、という気がいたしました。

『初恋の来た道』という映画を思い浮かべました。

張芸謀(チャン・イーモウ)監督による作品で、主演は章子怡(チャン・ツィイー)でありまして、何とも鮮烈な初恋の映画なのであります。ものすごい山奥の村に学校を作る話でありまして、やってきた若い先生に村の女の子が恋をしてしまうのであります。恋に落ちた女の子は、自分の手作りの料理を食べさせたいという気持ちでいっぱいになりまして、その恋心が痛いほど伝わりまして、欠けた丼の象徴性一つで傑作なのであります。『我的父親母親』というのが原題で、1999年公開の中国映画でありますけれども、日本のタイトルは絶妙でありましょう。料理をする女の子という点で共通いたしますが、『コクリコ坂から』に欠けているものを見付けてしまいました。丼が欠けないと言うことが、このジブリ映画に欠けているんであります。余計なお世話ですが。写真は、コクリコではなくて、本日のセイヨウフウチョウソウであります。

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