Entrusting to others. ともかくも あなた任せの としの暮れ(一茶)(5)

画像昨日の午後のカタバミの様子であります。葉っぱが閉じ加減でありまして、花のつぼみも小さく巻き付いておりまして、開く気配がありませんでした。あんなに寒いのでは、カタバミ自体が消滅しそうであります。カタバミの分布図を見ておりますと、北限は真冬の日中気温が10度を越える地域のぎりぎりですから、昨日のような寒さが続いてしまうと、カタバミは範囲を広げることは難しいことでしょう。せっかく暖かいところに来たつもりなのに、こう寒くってはやりきれません。「地球温暖化」って言ってましたけど、まさかあれは原子力発電のすすめではと疑っております。

人が声高に叫ぶ時は要注意でありますね。

昔の話を蒸し返しても仕方ないのでありますが、オイルショックというのがありまして、その極端な反応はトイレットペーパーの買い占めと言いますか、買い溜めに主婦が走ったと言うことがありまして、石油が無くなるとトイレットペーパーが無くなるというのも、今考えると奇妙でありますが、お米やパンやトイレットペーパーなどというものは、みんなが余計に買い溜めするだけで店頭から消えるわけです。それだけではなくて、夜間の消灯が推進され、テレビ番組が放送中止と成りまして、昼間でもテレビが放送していない時が結構あったのであります。いつの間にか復活しまして、深夜番組も盛んに成ったのには多少抵抗感がありました。以来、石油を使った製品は増えるばかりで、灯油ストーブも普及しまして、道路には車が溢れたのであります。矛盾しているというか、世の中そんなものと言いますか、よくあることでもあります。

     さて、小林一茶の『おらが春』を読んで参りましたが、8月から12月まで、俳句だけであります。

さとちゃんという愛娘の笑顔を夢に見たのがいつなのか、はっきり致しませんが、夢に見たのは真桑瓜ではなくて赤い柿だそうですから、秋も深まった頃に違いないのであります。カマキリの姿も句に詠んでいましたから、旧暦の9月、そして10月くらいということになります。我が家のカマキリさんたちは、たぶん兄弟でありまして、姉妹だったかも知れませんが、一匹また一匹と斃れまして、ローズマリーの茂みの周辺で命をまっとうしたようであります。卵のほうは、庭の真ん中のサツキの枝の中にあるのを見つけまして、よくまあ、庭師さんの剪定で残ったものであります。カマキリの句の後に、「秋風」とか「秋の暮」という言葉の入った句が3句続くんですが、そのあとによく分からない詞書きの句がありまして、そこに「夜寒」という言葉が出て参ります。これは、季語としては秋のようでありまして、そのうちに冬の季語である「木枯らし」がでてきますから、いつの間にか季節が進むのであります。

      若僧の扇面に
  影法師に 恥よ夜寒の むだ歩き
      老楽
  子どもらを 心でをがむ 夜寒かな
      戸惑いせし折からに
  小便所 ここと馬よぶ 夜寒かな
      善光寺門前の乞食を憐れむ
  重箱の 銭四五文や 夕時雨
      強盗はやりければ
  張り番に 庵とられけり 夜の霜
      小人閑居して不善を成す
  冬籠もり 悪物喰いを 習ひけり

37句あまりの中から、6句だけ抜いてみましたけれども、詞書きがあって多少状況の分かる句を選んでみましたが、なんともしょぼい生活句でありまして、ちっとも有名でないだろうと信じますけれども、これ以外の句は、私の手には負えない句ばかりでありまして、あまり面白いとも言えないのであります。若い僧侶は、一茶に何をたしなめられたんでしょうか。何となく弟子入りを志願して句会にでも来たので、サインかたがた記念の句を、扇に書き付けてやった気配が致します。相手の扇に「むだ歩き」と書く以上、それは風流なことでなければ意味を成しませんよね。三句目は、昔の農家の便所の位置が分かっていれば理解できる句でありまして、要するに農家の門口に馬小屋と並んで便所がありまして、暗い中で困っていたら馬がひそひそ声を上げてくれたというわけです。

    善光寺の句も、もう二三句欲しいところでありまして、物足りないのであります。

善光寺の門前というのはにぎやかでしょうけれども、冬になりますと人出も減りますから、乞食する者をちょっと気の毒に思うわけですね。実は、どれくらい実入りがあるか覗いているわけで、好奇心というか意地悪な気持ちもあるということでしょう。善光寺で楽しいのは「お戒壇巡り」でありまして、善男善女はぜひとも参加すべきだと思うのであります。どういうことなのかは、内緒でありますが、知らない人を連れて行ったら、これはとても縁起のいいことですから、感謝されることは間違いありません。年末ですから強盗が村々を襲いまして、おちおち寝ていられないと言うことなのでありましょうか。冬も深まって、鍋にあやしい動物などを入れて食べているということのようで、私が浮かべるのは熊でありますけれども、残念ながら食べたことはありません。猪ならありますが、猪を悪食とは言わないような気がいたします。

    一茶が悪食をしているうちに、年の暮れに節分が到来して、暦の上では春が来てしまいます。

この記事へのコメント

アカメヤゴ
2012年01月18日 07:37
何でもまずは疑ってみるのは大切ですよね
粗忽庵
2012年01月26日 19:55
アカメヤゴさん、こんばんは。
うっかりしていて済みません。

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