Cherry blossoms. 桜茶の 花びらひらく 間のしじま(風天)(7)

画像ようやく暖かくなったようでありますが、本日を春の初日とすると、随分な強風でありまして、風速が20メートルを超えているようであります。桜の開花状況を確かめようと思うんですが、外に出るのが危険な感じでありまして、やむなくパソコンの前に座り込んだわけであります。

写真は、塀の中のオオキバナカタバミ。

何枚か撮影しましたら、これは何とかピントが合いましたので、ここに掲げてみました。長い冬でありまして、本来なら花園になるはずなのに、二度の雪に押しつぶされまして、残念ながら畳二枚分くらいのオオキバナカタバミの草むらは全滅したのであります。生き残ったのはこれだけと言うことなのであります。今年は、このオオキバナカタバミが振るわなかったのに対して、真冬の途中からホトケノザ(仏の座)が濃い緑色を庭のあちこちに振りまきまして、ようやく花が咲いて植物名が分かったのであります。昨日、あれこれ考えましたように、どうやら七草の一つではないようでありまして、食べられないそうですから、ならばとホトケノザは抜いてしまいました。鑑賞に堪える姿ではありますが、思い付いた時に抜かないと、後が大変なのであります。

   タイトルの俳句は、俳優の渥美清さんの句でありまして、映画『おとこはつらいよ』の主演でした。

よく考えてみますと、親兄弟であるとか、友人知人であるとか、そういう人の顔をまじまじと見つめることと言うのは、実はあまりないような気がします。写真というものがありますから、それを手にしてじっくり見ることはあるでしょうけれども、実は顔の認識というのは一瞬でありまして、挨拶したり話をしたりしていても、相手の顔をじろじろと子細に見ないような気がします。顔は見ておりますが、話題を思い浮かべたり、相手の言葉の連想を浮かべたりしていて、実は顔なんて眺めていないのではないでしょうか。その点、俳優であるとか、歌い手であるとか、そういった人の顔の方が、もともと見てもらおうとしているはずですし、写真もいい物を使っているので、見るに値するんですね。

   近所のおじさんの顔より、よっぽど石原裕次郎や渥美清や藤田まことの顔の方がなじみ深いね。

画像両親より若い人で同級生より年上の人、つまり叔父さんであるとか、あるいは学校の先生であるとか、そういう中に石原裕次郎ふうの物腰の人とか、渥美清ふうの話をする人がおりまして、非常に親しみ深く、そして分かりやすいキャラクターでありました。今見ると、藤田まことさんも含めて、いわゆる美男と呼べるような顔立ちのかたたちではないんですが、人をそらさない表情であるとか、ついつい台詞回しに引き込まれる演技力のある人たちでありまして、それぞれに一世を風靡したと言ってよいでありましょう。

写真は、一斉に開花したイチゴの花。

石原裕次郎さんは、私の中では『太陽にほえろ』の係長としての印象が強いんでありますが、とっても偉い人が机の前で踏ん張っているという感じでありまして、外回りのシーンが出てきても、この人たちはあの係長が動かしているんだなあと、子供心に思わせるものがありました。部下にみじんも離反者のいそうにない雰囲気って、すごいですよね。渥美清さんの場合は、テレビドラマの『おかしな夫婦』で棟方志功を演じたのが印象的で、片岡鶴太郎さんもこの作品の渥美清さんの演技に影響を受けたと語っているようですが、また見てみたいドラマの一つであります。ウィキペディアを見たら、この作品への出演の情報がすっぽり抜けておりまして、それはあんまりだと思いまして、ちょっとまごついたのであります。

   「風天」というのは渥美清さんの俳号でありまして、遺された句が集成されております。

画像今回俳句を掲示するに当たって参照したのは、文春文庫から森英介さんが出している『風天 渥美清のうた』という文庫本でありますが、これは平成22年(2010)の1月10日に出たものであります。渥美清さんは平成8年(1996)に68歳で亡くなっているんですが、亡くなった後で渥美清さんに俳人としての顔があることが分かりまして、その詠んだままになっていた俳句を著者も含めて多くの方が協力して集めたと言うことなのであります。森英介さんは『サンデー毎日』や『毎日グラフ』の編集に関わった方ですが、渥美清さんは朝日新聞の出している『アエラ』の句会に参加しておりましたから、ライバル関係をこえて、この稀代の俳優の句作を集成したと言うことなのであります。

渥美清さんは私生活を非公開にしておりました。

人生にはいろんな生き方があると言うことなんですが、だからたとえば渥美清さんと友人ですと口にすることは、芸能界の方は出来ないのであります。映画関係者の方も、プライベートでお付き合いすると言うことがなかったわけなのであります。ところが、こと俳句のことになると渥美清さんが積極的に顔を出したようでありまして、この不思議な人物が常識人で、知的で、そして人懐っこい素顔を持っていたことが分かるわけで、かえって謎が深まるばかりなのであります。私生活を明かさないと言うことが、芸能界であるとか映画俳優の仲間内でどういう意味を持つのか、私にはさっぱり分かりませんが、仲間である、飲み友達であるということが、その向こうに幾つもの状況を生むのだろうと想像するだけであります。

    「桜茶」の句は、平成5年(1993)65歳の時の、三月に詠んだ句のようであります。

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