The wall collapsed. 長い梅雨に築地が崩れて。(2)

画像台風がまた来るぞと覚悟しておりましたら、もうただの熱帯低気圧に変わってしまったようで、予報とは違って午後に雨が降りませんでした。土砂降りになると言う明日のことを考えて、多少小雨でもと思いまして、用事を一つ早めに済ませてみましたが、降られずに済みまして、非常に得をしたような気分になったのであります。

普通のツユクサが咲きました。

子供の頃馴染んだツユクサというのは、真夏の田んぼの畦などに生えているものでありまして、小さくてかわいげのある植物なんでありますが、今住んでいるところはモンスーン地帯のような、熱帯のような、低地の湿地帯でありますから、ツユクサが巨大化しておりまして、何だか別の植物のような気がいたします。真冬には完全に姿を消してしまうのでありますが、今はうっそうと茂りまして、シソやシダと競うように生えておりまして、一大勢力を為しているのであります。今年は、ドクダミの撲滅運動が功を奏しまして、やつらはほとんど消滅しましたので、去年やおととしに比べたら庭の様子は明るくてさっぱりしております。ドクダミの周辺ではダンゴムシがはびこりますので、それをあまり見ないだけでも気分がかなりいいのであります。

   キキョウがつぼみを膨らませておりますが、近日中に咲くのではないでしょうか。楽しみです。

去年はいつごろ咲いたのかと、キキョウの開花を告げる去年のブログを探ってみましたところ、6月20日に咲いたことが分かりまして、今年はやっぱり冬の寒さが厳しかった分だけ、いろんなものの開花が遅れているのであります。おととしの猛暑の年に比べたら、かなり涼しいのでありまして、太陽の活動が随分低調だそうですから、今年は涼しい夏になるのかも知れません。おととし画像の最も暑い時期に、実は熊谷市という日本一暑いところに出張いたしまして、何の因果だろうと思いましたけれども、車窓から外の様子を眺めておりますと、熊谷に近付くにつれて樹木や草花が枯れ果てまして、地面の色も水分が抜けきっているのが分かりました。つまり、あのあたりは砂漠化が進行しているのかも知れないわけで、関東平野は真ん中から砂漠になるのかも知れないのであります。100年後には、熊谷市から始まった「関東砂漠」が出現し、河川が干上がりまして「幻の荒川」とか「幻の利根川」というものが話題になるかも知れないのであります。

膨らみをましたキキョウであります。

「砂漠のような東京で、あなた一人のしもべとなって♪」という歌が急に脳裏に浮かびましたが、どなたの歌でありましょうか。鼻に掛かった歌はいしだあゆみさんのような気がしまして、YouTubeを調べたら、どんぴしゃり、タイトルも『砂漠のような東京で』でありました。非常に古めかしいような、新しいような、作詞が橋本淳さんでありまして、作曲は中村泰士さんだったようであります。昭和46年(1971)5月発売のヒット曲でありまして、たぶん68年12月発売の『ブルーライトヨコハマ』、70年3月発売の『あなたならどうする』に継ぐヒットでありましょう。あの頃のことをつらつら考えて見ますと、1970年から1972年くらいの女性歌手の頂点にいた方が、いしだあゆみさんなのであります。いつの間にか女優さんに成ってしまっておりまして、そう言えばNHKの朝の連続ドラマ『芋たこなんきん』でも女性秘書の役を上手に演じて健在振りを示したのが思い起こされます。YouTubeで何曲か聞いてみているんですが、鼻歌のようであり、ちょっとハスキーボイスでありまして、肩の力が抜けたような洒脱さがあり、胸にしっくり来る歌いぶりなのであります。たとえばちょっとおしゃれなバーとか、シティホテルのラウンジでカクテルを飲んでいる時に、ステージでお歌いになるのを聞いたら絶対素敵なんであります。どうなんでしょうか、世界中の人が日本の歌謡曲に目覚めたとしたら、いしだあゆみさんに目覚めてはまる外国の方はたくさん出そうであります。お若い時の容姿はともさかりえさんによく似ているのでありまして、今なら武井咲(たけい・えみ)さんがそっくりでありますね。それなのに、ねっとりとしたハスキーボイスでありますから、面白いのであります。

   瀬戸内寂聴さんが訳した『源氏物語』(講談社)の「須磨」の巻を読了です。起伏のない構成です。

政治的に不遇となった光源氏が、このまま破局を迎えるよりはということで、自ら職を辞して須磨へ退去するというのがこの巻の筋なのであります。ところが、読んでいると妙に話がぶれるような感じでありまして、辞めたのか辞めさせられたのか画像、判然としないところがあります。弘徽殿の女御が出て来たり、朱雀帝が出て来ますと、どうも光源氏は辞めさせたんだということになっていまして、紫式部の書き方が甘いのか、こちらの読解力がないのか、寂聴さんも苦心して訳したんじゃないのかと思うのであります。それからもう一つの問題が、流刑の地である須磨についての説明が不十分でありまして、やはりもう少し、なぜその土地なのかと言うことを小説内できちんと説明しないと、どうも具合が悪いのであります。

本日のアジサイの開花状況であります。

「須磨」の巻は第12帖でありますが、ここまでにもうちょっと上手な巻がありましたので、この巻の平板さが気になるわけであります。実は、「若紫」の巻の冒頭で明石入道が娘を大切に育てているという噂が出て来まして、それが源氏物語の肝心要の所でありますから、原作者の紫式部としては、どうして明石の隣の須磨なの?って突っ込まれると困るのかも知れません。今時の映画で、ドバイやら上海やらアンダルシアを舞台にするようなものですから、そこをどうこう言われても困るんでありましょう。須磨に関して言うならば、やっぱり在原行平が蟄居していたと言うことが大きいのかも知れません。名前を見て在原業平でしょう?って思った方はお勉強のできる人でありますが、実は在原業平には異腹のお兄さんが居たのでありまして、お兄さんの方は弟と違って学問のできた人でありまして、中納言まで出世した人であります。二人とも名前を音読みすると「ギョウヘイ」君でありまして、兄が「ゆきひら」弟が「なりひら」ということに成ってますが、名前の所に遊びがあるのであります。普通は、音読みして同じ音になっちゃうようには名前を付けてはいけないと思いますが、付けちゃったなら名付けた人は間抜けな人だと思います。この行平というお兄さんは、実はかなり凄腕のやり手の政治家でありまして、平安時代の初めには対馬というのは日本じゃなかったんですが、交渉して日本に編入したのは行平の業績であります。ご家庭の台所に一つや二つある「行平鍋」を考案したのもこの人でありまして(須磨でアイデアを思い付いたそうですよ)、こうして説明すると現代の総理大臣で行平に匹敵する手柄を挙げたのは田中角栄くらいですから、どれだけえらいのかと言うことです。こういう人には毀誉褒貶がつきまといますので、須磨に蟄居させられていたらしいのであります。じゃあ、なぜ須磨が蟄居の地なのかは、明日考察することにいたします。

   「須磨」の巻は史実をちゃっかり取り入れていますが、そのことがこの巻の最大の弱点なのであります。

この記事へのコメント

k
2013年06月02日 23:54
熊谷市で巨大ケールを500坪の畑で20年間栽培しております。元々降らない所でしたが近年、熊谷は特に雨が降らず、今年は4月になって6月まで、まとまった雨が4回位しか降らず、じゃがいもが半分くらい枯れてしまった所が多発しています。ケールは冬、苗を作っておいたため部分的に大丈夫ですが、小さいものは雨が降らないため大きくなれないのです。皆、この異状に大騒ぎしませんが、長年、ケールを作っている私は本当に砂漠化が起きていると思うのです。ご意見をお聞かせください。
粗忽庵
2013年06月11日 17:03
kさん、コメントありがとうございます。
長年のケール栽培がうまく行かないとすれば、やはり大問題だと思いますので、砂漠化というのがどういう経過を辿るのか、砂漠化した外国の例を知る必要があるのかも知れません。
上に述べたのは単なる印象ですが、高崎線に乗って大宮から熊谷に向かいました時に、鴻巣を過ぎたところから緑が極端に色褪せまして、カラカラに乾いているような気がしました。上尾くらいだと、沿線の樹木の下は雑草がはびこっていますが、熊谷に近付くと地面がはっきりと見えるような気がします。35度超の酷暑だと、関東平野が砂漠化することもあるかと思った次第です。
今年は春先から、我が家の家庭菜園がやたらに乾いておりまして、気のせいかと思っていたところです。
返事が遅くなってすみませんでした。

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