A fixed intention. 確固たるものの如く。(9)

鼻が詰まってしまいましたので、ぼんやりと夕飯後の時間を過ごしているのであります。花粉のあることになれてしまいますと、ついつい対策がゆるくなりまして、シーズン始めのような完全対応が出来なくなるのであります。その結果いつの間にか鼻が詰まり、口だけで息をしておりまして、ただしこの状態は覚醒している時には非常に問題が少ないので画像ありまして、どちらかというと身体が正しく反応していて鼻孔に侵入する花粉を防いでいるような気がいたします。つまり、花粉症の症状というのは、花粉を防ごうとする働きが昂じたものでありまして、目のかゆみ、喉の痛み、くしゃみ鼻水鼻づまり、どれもこれも非常に合理的な反応のような気がいたします。

はなははなでもさくらのはな。

花は花でも桜の花でありますが、ここのところの強風に吹かれている枝先でありまして、なんとなく色褪せた感じであります。やはり無風の状態で気温が高くなり、ふんわり咲いている桜は、ちょっとピンクの度合いが強くてきれいなんでありますが、本日の所は観賞するほどきれいには咲いていないのであります。お花見というのは、東京の人は大好きでありまして、特に勤め人の文化として定着しているような所がありまして、若い人に場所取りをさせまして、夕暮れ時にお酒やつまみを携えまして、昔ならむしろを敷いたのでありましょうけれども、今時はビニール製のゴザ、さらにはブルーシートでありまして、車座になって飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを試みるわけであります。これが何だか、気味が悪いような気がするのでありまして、花見を当たり前だと思っている方には悪いんですが、不衛生で品がないような気がするのであります。別に花見が嫌なだけではないのでありまして、運動会の時に校庭に場所取りをして座り込むのも何だかしっくりしなかったんでありますが、皆さんお好きだから平気なんでありましょう。花見の季節はまだ寒いのでありますし、しばしば雨あがりだったりしますから、何となくひ弱な私には苦手なんであります。

   とか言いながら、率先してビールをあおり、歌ったり囃したり、飲んだり食ったり。

記憶は定かではありませんが、平成2年(1990)の春の桜は3月に咲いていたと思います。名古屋の近郊に明治村という施設がありますが、この明治村で見た桜は見事でありました。濃尾平野の東、丘陵地帯に作られたテーマパークでありまして、基本的には明治時代の典型的な建物を移築したものでありまして、森鴎外・夏目漱石の旧宅あたりから、画像帝国ホテルの玄関まで、延々と自然の中を歩きましていろんな建物を見物する趣向になっているのであります。最初は丁寧にためつすがめつ眺めるのでありますが、だんだん頭の中がごちゃごちゃになりまして、帝国ホテルの旧玄関が見えたあたりで芝生に転がるというのが普通ではないでしょうか。

桜のバックのくすんだ青空。

鴎外や漱石が住んだという文豪の家は、たぶん玄関の上がりかまちから畳が敷いてありまして、要するに板の間や廊下ではないのであります。それが案外魅力的でありまして、フローリングの床なんかより膝にはよさそうなのであります。フローリングの床というのも、ある意味高級感を出すためのブームでありまして、ちょっとでも高く住宅を売りつける道具だったはずです。つまらないフローリングの床のブームが終わりまたら、床は全部畳敷きというブームを誰か起こしてくれませんか? 足腰の負担は相当減りそうでありまして、老人に優しい住宅になることは間違いないのであります。滑りますし、スリッパはうるさいし、靴下は汚れるし、どうせ掃除機などで傷つきまして、コップは落とせば割れるのであります。湿度の高い日本の場合は、掃除機による吸引というのは効果が限定的でありまして、むしろ全面畳敷きにして箒で掃いた方がどんなに清潔であろうかと思うのでありますが、いかがなものでありましょうか。

    たぶん、鴎外・漱石の住んだ住宅は、東京都文京区千駄木にあったものです。

『吾輩は猫である』を夏目漱石が執筆していたのがこの住宅のようでありまして、明治時代の典型的な中流家庭の住宅なんだそうでありまして、ただしそこには女中部屋が付いておりますから、現在の尺度で「中流」という言葉を考えるのは無理がありそうであります。女中のような下働きの人を家に置いておくと言うことが、今はもうなくなっているわけでありますけれども、本当の家族だけが一つ屋根の下にいるという暮らしは、自由気ままのようでいて案外簡単に崩壊画像することは火を見るよりも明らかであります。女性も仕事を持つと、誰が家事育児をするのかという点で分かりにくい所がありまして、うっかりすると働いている女性が家に帰っても家事育児を担当しまして、これが馬鹿にならないほどの重労働ではないでしょうか。

まだまだつぼみが目立つ桜の枝。

昔、大学紛争というのがありまして、旧態依然でちっとも学生のことを考えない大学に業を煮やした若者が、バリケードを築きまして大学の改革を訴えたことがあったわけです。時は高度経済成長の時代でありまして、世の中のインフレに学生さんの懐が追い付きませんで、彼らは腹を空かせ、ろくに中身もない大学の授業に腹を立てまして、これをボイコットにかかったと思うのですが、まあ間違っていたらご容赦下さい。問題なのはバリケードの中に立て籠もってみたら、すぐに食事の問題が発生しまして、男子学生が女子学生に飯を炊け、おにぎりを握れ、味噌汁を作れと要求したのであります。旧態依然として中身が伴わないのは、男子学生のほうでありまして、男子に比べて少数派だった女子学生というのは、実は同世代の女子の中では超エリートでありまして、そういう人はおさんどんなんかよりも英文を読んだり数学の問題を解いていた人ですから、ご飯は炊けないし、炊けたとしてもうまい味噌汁は作れそうにないのであります。よって、理不尽すぎる要求に彼女たちはカンカンに怒り狂いまして、学生運動は内部では一食持たなかったのであります。要するに飯も炊けない人達が身の程知らずにバリケードを築いたのでありました。そういう世代が団塊世代のエリートでありまして、彼らは女中のような母親を見て育ったので、同級生の女子は自分に尽くす女中予備軍だと思っていたのでありましょう。団塊ジュニアの女子の中には、母親からこの話を繰り返し聞かされてトラウマになり、飯も炊けないし、飯を炊けという男を避けましたので、そのまま独身を通してしまった人が結構いるはずなのであります。

   今時の男子学生は弁当を自分で作るそうでして、女子は不要でありましょう。

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