I accomplished the impossible.やれやれ『こころ』を読み終えた。(5)

歩き疲れた私は、空腹も相まってもう一歩も歩くことが出来ないような疲労に襲われて、否が応でも食いもの屋の看板が気になる有様だった。親が死んでも食休みというつまらない諺が、食う前から脳裏にべったりと張り付いたような気がして、なるほど人間というのは心などという空虚な架空の物に振り回されているふりだけで、実は肉体が存在して、それに付随してまるで意志があるような錯覚を起こしているが、腹が減れば腹を満たそうとあらゆる五感を駆使するだけの存在に過ぎない、哀れなものなのだ。神田の坂の手前で私はいつだったか先生と入ったことのある蕎麦屋を見つけて、そこにふらふらと入り込み、とりあえず笊蕎麦を注文して出された麦茶を二回お代わりをした。人心地がついたところで、そばが来るまでの間私は汽車の中で読んだ先生の遺書の内容から、疑問に思うところをつらつら論(あげつら)ってみることに熱中した。まず一つは、先生の記した遺書の内容だと、先生が友人の死に責任を感じて死なねばなら画像ないという筋道にどこか通じの悪いこんぐらかったところがあるような気がするのだが、私にはそれがどこなのかを絶妙に言い当てることが出来ないようなそぞろな感じがしたのである。奥さんが実は心得ていて、にもかかわらず内緒にするというその真意が、何かもう一つ二つ先生以外の誰か客観的立場の人間の証言を得ないと、私には解きほぐしがたい気がしたのである。

ヘンルーダの茂みに二匹の腹ペコ青虫。

昼過ぎの閑散とした蕎麦屋は、私の前後に入る客はいなかったらしくて、注文の品は間もなく目の前に突き出された。届いた蕎麦を、箸で手繰りながら、この蕎麦のように苦も無く容易に真相が摘み上げられたらどんなにいいかと思いながら、私は甘辛い蕎麦汁を絡めてしばらく食うことに没頭したが、没頭する頭の片隅にとんでもないことがふつふつと湧いてくるのを留めることが出来なかった。そのとんでもないことは、蕎麦を箸で引き寄せるたびに疑惑となり、さらに笊蕎麦のお代りを頼んで食い続ければ続けるほど膨れ上がって、最後に良い加減に腹が膨れた時には確信となって私の前に立ち現われたのである。それは、蕎麦屋の店員が店を閉めるからお代を頂戴したいと私の前に立ちふさがるまでには、疑いようもない事実となって厳然と実在するかのように感じられたのだった。蕎麦湯をもらって薬味の妙な感触からも解放された私は、自分の思い至ったことの真相に破綻はないかどうか点検を試みたのであるが、そこには七味唐辛子の芥子粒ほどの誤りもないような気がしたのである。腹が満ちれば人は憂鬱から容易に開放され、それまでの厭世観をあっさりと捨てるものかもしれない。私は活力を取り戻し、自分の確信をどこから証明に取り掛かろうかと、蕎麦屋の門口で考えた。確かめねばならないのは、あの雑司が谷霊園の「K」の墓であることは言うまでもない。いつだったか留守番を頼まれた時に、私は奥さんから墓のある場所の詳しい記号を教えられ、さらには目印になる両隣の墓のことも聞いていたのだ。(続く)

  漱石さんのは吐血でコーヒー色。喀血は鮮血だそうで、違うものだそうです。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック