Only I know all.ついに漱石『こころ』を読み通す(13)

「♪とりとめのない心、人はどう癒してるの? 心の中はいつも背中合わせのブルー」歌える人は歌えてしまう、昔の大ヒット曲であります。もちろん渡辺真知子さんの歌った歌謡曲『ブルー』なんでありまして、シングルレコード3枚目、作詞と作曲は渡辺真知子さん自身の作曲でありまして、自分で作って自分で歌ったんですけれども、まあなんとも歌謡曲を越えて迫りくるものがある名曲でありましょう。よく知っているものだから、あえてYouTubeなんか画像を検索するまでもないと思っていたんですが、検索したらカバーする人の多いこと多いこと。気持ちが分かります。誰しも歌の中に入り込んで、歌ってみたくなる切ない気分が溢れだす詩とメロディーなのであります。そいでもって、この歌詞を改めて考えたら、こりゃあ『こころ』という小説の主人公である「先生」、その先生の奥さんの気分ではないでしょうか。

ムラサキツユクサがしぶとく咲いております。

連日の猛暑でありまして、どれくらいの暑さかと言いますと、干した洗濯物が小一時間で乾いておりまして、瞬間乾燥機と言うような感じであります。エアコンの利いた室内から外に出ますと、なんだかものすごい暖房器具のあるところに進み出たような具合でありまして、水分がシュワシュワ抜けてゆくのが分かるような塩梅であります。こんな具合ですから、朝からぐったりしていたわけで、さてこの状態を脱する音楽はないかと考えたら、若くて元気だったころに聞いた渡辺真知子さんのアルバムを、これはもちろんパソコンに取り込んであるものですが、聞いてみた次第なのであります。そこでふと思ったのは、この『ブルー』という微妙な三角関係の歌と言うのが、非常に漱石さんの書いた『こころ』の内容に近いものがありまして、おやおや、こんなところにあの小説のからくりを解く鍵が潜んでいようとは思いませんでした。『ブルー』の場合は、彼を巡って女の子が二人というケースですが、主人公の女の子は呼び出しに応じてデートしているんでありますけれども、彼の様子が変だと思うわけです。何だかしっくりこないというか、どうも自分の事なんか実は眼中にないと、いぶかしんでいる歌なのであります。この彼と言うのが、振られた彼女への未練があるらしくて、心ここにあらずという状態なのであります。これは、漱石さんの『こころ』を考えるいいヒントでありましょう。奥さんの不満と言うのは、『ブルー』という歌謡曲の内容そのままでありまして、「♪私の愛欲しくないのね~」という気分のはず。

  100年前の小説『こころ』下巻・「先生と遺書」第56節、最終話であります。

一つ前の第55節の最後のところになって、明治天皇の崩御の話題が入りますので、ちょうど中間・「両親と私」と時間の流れが重なるのであります。世捨て人のようになって病気も併発している先生でありますから、普段の刺激の少なさと言うものは格別のものがあったことでしょう。そこに、鎌倉で知り合った大学生が出入りしましたので、実は主人公の存在は先生には大きかったのかもしれないのであります。死んだ友人「K」と先生とお嬢さんは三角関係でありまして、その秘密は自分だけの物だと先生は思っておりますが、案外お嬢さんもその母親も分かっ画像ていたことでありましょう。人は、自分だけが知っているということを常に後生大事に抱え込むものなのであります。ともかく、刺激の少ない暮らし故に、明治天皇の崩御と言うニュースが強い刺激になりまして、先生はもはや時代遅れの自分を実感し、それを奥さんに話したんでありますが、笑われて殉死でもしたらと言われたそうであります。ろくでなしには、きつい一言かもしれません。死にたければ死ねばいいのに、いいチャンスじゃない、と聞こえたかもしれません。

台風が来るという空に、サルスベリ。

さて、最終56節は「殉死」という言葉にとらわれた先生の死を決意する一章でありまして、もちろん明治天皇の御大葬のあとの乃木将軍の殉死が出てまいります。この殉死を巡って、世の中は騒然としたようでありまして、なんでも白樺派の人たちはこれを時代遅れの物として非難がましい論評をしたそうなのです。乃木希典さんは学習院の院長を仰せつかった人でありますから、学習院にいた白樺派の人たちはこれを煙たがっていたらしいのであります。そんな議論があるとは知らないで生きてまいりましたが、日清日露戦争を経て、近代国家として世界に存在を認められつつあった日本と言うことを考えると、乃木将軍の自殺と言うのは位置づけの難しい問題を孕むのであります。ただ、乃木さんは戦場で息子たちを失っていたことは忘れてはならないでしょう。パーソナルな自殺を殉死と言う形で昇華すると考えると、先生の死ぬ理由も見えてくるのかもしれないのであります。ここには、友人の菩提をとむらい続けるというような仏教的な観念は希薄でありまして、論理の筋道は通らない気も致します。乃木さんの場合は国家の戦争を指揮したのですから、天皇に殉じるというのには意味がありますが、『こころ』の先生の場合には明治天皇とどういう紐帯があったのか、そこが分からないのであります。せいぜい、皇居のお膝元にある帝国大学の一学生、または卒業生に過ぎないのであります。

   先生の遺書は完結しましたが、物語は尻切れトンボ。決着は読者がつけるの?

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