The corn is not soft,but indurated.魚の目は硬い(2)

長く生きていれば、魚の目というのは誰しもできるものでありますが、角質化した皮膚でありまして、誰もが一度や二度はナイフで削るということに挑戦するもののようであります。もちろん失敗すれば血が出たりすることでしょうけれども、案外失敗しないものであることは、魚の目を切った、削った、ほじくったという記事がネットにたくさんあるので、よく分かります。要するに、魚の目は切ってもいたくなくて、その固いしこりのような部分が、まるで靴に入った小石のように邪魔なわけで、神経の通っていない、肉体の一部ではあるがすでに肉体の一部としての機能を有していない、体にへばりついた異物であるということなのです。魚の目を切る道具は「ナイフ」と書きましたけれども、もはや「カッター」で切画像るのではないかと思うのでありまして、結構しっかりと薄く切ることが出来まして、切った断面は案外つやつや、テカテカだったりします。ネットでは、自分で始末したという自慢話と、芯が残ると再発するから医者に行きなさいというアドバイスが混在しておりまして、医者に行けと言うのは分かりますが、あんなもので医者に行く必要があるかどうか、御商売の宣伝と言う可能性も考えてしまうわけです。

水仙はしぼみ、ユキヤナギは散りかけです。

『奥の細道』の第二番目の句を表記を現代風にして示しますと、「行く春や鳥鳴き魚の目は涙」でありますが、そこに出て来る「魚の目」がほんとうに皮膚の角質化したものなのかどうかをここで考えるんですが、念のため「魚の目」という言葉がいつごろからあるのか、日本最大級の国語辞書である小学館刊行の『日本国語大辞典』(第二版)を見て見ますと、非常に興味深いものがあります。はっきり言って目を驚かすようなものでありまして、辞書と言うものは引いてみるもの、言葉と言うものは何はともあれ先入観を捨て、邪念を封じて、腕が折れても、足の指に落として怪我をしてでも、めくってみることが必要なのであると実感しました。一言いいますが、今回は腕はおれず、足の指も問題ありません。物の例えでありまして、気にしないでいただきたいと思うのです。しかし、重いなあ。ネットで使えるようになっていたような気もしますが、使えることと実際使うことの間には大きな溝が存在していたりするものであります。

   余計なことを書いていると、あっという間に紙幅が尽きました。

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