The Devil's Dictionary.正直な事典。(7)

本日は天気がすぐれませんでしたが、何でも寒気が日本列島に覆いかぶさったそうでありまして、気温が20度ちょっとしか上がらなかったのであります。日中の最高気温を見たら、午前8時の20・6度とありますので、いやはや寒い寒い、半袖と短パンではしのげない感じでありました。せっかく気温が低いので、これはもう庭の雑草などをやっつけるのに最適でありますから、さび付いた鎌を出しまして、砥石でせっせと研ぎまして、試しにヘンルーダなどを刈ってみれば、まあまあの刈り心地でありまして、庭の雑草の一部を刈り取ってみました。さらに、こうなると5月の高い気温によって伸びに伸びたドウダンツツジが目につきましたので、大きな剪定ばさみを持ち出しまして、やはりこれも砥石で画像少し研ぎまして、ザクザクザクザクドウダンツツジを刈りこんでみたのであります。雨が降り始めたので作業を中止しましたが、せっかくだからガクアジサイとランタナを、小さな剪定ばさみで伐りまして、花瓶に活けてみたのであります。その時に、おそらくランタナにいたカマキリの赤ちゃんが付いてきてしまいましたので、これをアジサイの葉っぱに乗せてアジサイの方へと誘導しました。

体長2㎝未満のカマキリの赤ちゃん。

さて、気になりましたのは、かつて愛読していたブログが、ここしばらくはブログ主の本業多忙により休載していたんですが、ちょっと5月の頃に更新されていたのであります。その記事を見ていて、「高学歴」という言葉のニュアンスが、20年30年前と違っているんじゃないかという話が有りまして、ああそうなんだと調べ始めてみたら、『三省堂国語辞典』(第四版)にも『広辞苑』(第四版)にもこの「高学歴」という表現は出ていないのであります。グーグルで検索を掛けてみたら、やはり同様にこの言葉を定義する辞書は少ないようでありまして、ようやく見つけたのが「グー」と言うサイトの辞書でありまして、なるほど、そこには以下に示すように用法の変化が指摘されております。たぶん、1980年代には、「高学歴」というのは「大学卒」を指していたはずなんですが、いつの間にか「一流大学」を意味するようになっておりまして、こうなるとかつて一流大学と二流大学の境目がどこかと論争していたのが、いまは「高学歴」とはどの大学を出るとそうなるのか、というふうに変化したようであります。たぶん、団塊の世代だと、東大・京大・早慶というところが一流でありまして、旧帝大と早慶と言い換えてもいいかもしれませんが、いまではちょっと高嶺の花であります。団塊ジュニアが大学進学や就職したときには、たぶん国立大学と早慶上智ICU、それにMARCH、関関同立まで範囲が広がったかもしれません。しかし、現在だと、東大京大一橋・東工大、医学部、早慶の一部くらいが高学歴でありまして、MARCHと関関同立は外れるんじゃないかと思うのであります。5年10年で常識は変わるものであります。


【高学歴】
高度な学問を修得していること。ふつう大学以上の学校を卒業または修了していること。また、その人。
[補説]近年は大学全入時代となり、一流大学を卒業していることを「高学歴」ということが多くなっている。
(『goo辞書』)


【解説】
「高学歴」とは、学歴を生かしていない職業の人について揶揄するときに持ち出す言葉。主にお笑い芸人・タレントなどで、芸歴とはあまり関係のない学歴を持つ者を紹介する時に使う言葉。特に、東大・京大出身者に知識問題を答えさせる番組で話題にすることが多い。
「大学全入時代」というのは、大学進学希望者の人数に対して、大学の入学定員が上回っている2007年度以降を言う言葉である。ただし、実際のところ、そういう状況は実現していないと見られている。進学を希望すれば、かならず大学に入れるというのを過大に考えた結果、「大学全入時代」という言葉が生じたようだ。難関大学を目指して浪人する者がいる一方で、定員割れの大学を嫌って浪人する者もいる。なお、大学進学者は、同世代の50%前後で推移しているが、就職の際には書類選考などで大学名でふるい分けられる可能性が高く、大学の格差は厳然と存在している。
一流大学の定義については、東大・京大の滑り止めとしての早慶、他の国立大学の滑り止めとしてのMARCH・関関同立というふうに考える必要がある。これに対して、早慶を第一志望にしている場合は、国立受験はしないと考えられる。私立大学を滑り止めとして活用する受験生と、私立大学を専願する受験生がいるわけで、両者の学力の単純比較は難しい。科目数から考えれば、MARCH専願者は国立受験者には及ばないのが実情だろう。
ともかく、大学進学者が少なかった時代には、大学卒が高学歴であったのは間違いないが、二人に一人が大学に行くようになると、高学歴とは呼びようのない低学力の大卒者が存在するから、あえて「一流大卒」と言わずに、有名大学出身者を「高学歴」と称したのだろう。それは、バラエティ番組などの苦肉の策だったはずである。おそらく、この「高学歴」という言葉は、その曖昧さから辞書などに定着することのないまま消滅するだろう。お見合いが結婚の主流だった時には「高学歴」というのは、十分宣伝力のある殺し文句だったろうが、もはや特定の大学を出たからと言って無警戒に結婚相手として大歓迎する向きは少ないと想像できる。

  「一流大学」「有名大学」が定義しにくいので、「高学歴」と言った様子。

   

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