I went around the location of the memory.俺たちの旅。(6)

タイトルは「俺たちの旅」としましたが、気まぐれで決めた物であります。先日テレビを見ていたら、中村雅俊さんがモト・冬樹さんと連れ立って、いろんな場所を訪問して、それぞれの土地の締めくくりに歌を一曲披露するという番組がありました。このタイトルを付けたのがその番組の前なのか、番組の後なのか、ほんの数日前のことなのに記憶が定かではないのでありますが、中村雅俊さんが人気を博したのは、40年くらい前の『俺たちの旅』というテレビドラマの主役を務めた時でありました。たぶん、石原裕次郎さんがボスを演じたテレビドラマの『太陽にほえろ』に、一度か二度、中村雅俊さんはゲスト出演しているはずで、青年医師の役をしていたのを記憶しておりまして、それがたまたま記憶にのこったことなのか、再放送でも見て発見したのか、それも今となってはおぼろであります。宮城県の女川町出身の俳優さんでありまして、大学進学で東京に出て来た人ですが、画像最初は横浜の保土ヶ谷近辺に下宿したようです。保土ヶ谷の銭湯の番台に座ったことのあるという女性が登場しまして、中村雅俊さんは銭湯の中で上手に歌を歌っていたなんて証言も飛び出しておりまして、根っからの歌好きでありましょう。

昨日のカマキリの拡大写真。こっちを見てますな。

昔住んでいた場所を再訪してみるというのは、誰しもがそそられることでありますけれども、それはその土地で穏やかに暮らした人の特権でありまして、コミュニティでちゃんとやりとりして触れ合いがいろいろあってこそ、追憶の旅が成り立つものなのであります。保土ヶ谷には二年ほどいただけだそうですけれども、若い日の二年と言うのは非常に長い期間であったと言えるのでありまして、思い出は尽きない様子でした。老人にとっての二年なら、何の変化もない退屈な毎日でありましょうけれど、地方から上京してきた若者にとっては、見るもの聞くもの、都会の風俗、暮らした街のエピソードが忘れられないものになるわけです。ふと思い出したのでありますが、私が高校生の時に岩手の伯父を訪問するときに、途中で寄り道して女川に行ってみたんですが、あああれは中村雅俊さんの故郷を見に行ってしまったのではないかと、ふと思ったりするんですけれども、真相はまったくわかりません。時系列的にはどうなのかというと、テレビドラマ『俺たちの旅』が先、その1年後くらいに岩手に行くついでに小牛田から女川まで電車に乗ったのであります。車窓から見えるのは稲穂の波、波、波。テレビドラマに影響を受けたのかどうか。その当時、中村雅俊さんの出身地を正確に知っていたかどうか。ふーむ。分かりません。

  「それじゃあ、またなと別れる時の、お前がいい」などという歌もありました。

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