How were they able to do that? どうしてできた。(4)

断捨離といいますか、ミニマリストと言いましょうか、シンプルライフを実践している人のブログをこのところ読んでおりまして、少し読んでは家の中を駆け巡りまして、これも捨てよう、あれも捨てよう、それもだぶついていた、これは使っていないと発見しまして、要するにガラクタを捨てられないでいることに気づかされたのであります。考えて見れば、試供品なんかをもらって来るんですが、果たしてそれが本当にいつもの商品と同じ成分なのかどうかも分からないわけで、いつの間にか溜まって、家の中の場所を占拠しているのであります。結婚式に出たらロウソクは持ち帰れとか、ナプキンはお持ち帰りくださいとか、余計なものをあれこれあれこれ手渡そうとするのであります。結局記念品もガラクタでありまして、おまけをつければその場がしのげるという商売になっているのであります。知らず知ら画像ず、そうした余計なサービスに毒されまして、何が大切なのか見失うのであります。雑誌の付録を目当てに家族が雑誌を買いますが、ほとんど読まず、付録も使うか使わないか、と言う有様でありまして、躁状態の社会がこの30年くらい連続しておりまして、盛り上がることばかり要求されているのであります。静かで、落ち着いていて、上質で質素であるというようなものは、案外探してもどこにも転がってはいないのであります。

カナヘビ赤ちゃんの写真をもう一枚。同じアングル。

さてさて、ふと『徒然草』を手に取りましたら、究極のミニマリストによるシンプルライフの実践が書かれておりまして、いつの時代も人々は清廉な暮らしにあこがれるようでありまして、何も持たないで暮らす、あるいは何もない部屋でくつろぐというのが、実は最高の贅沢なんであります。おそらく、50年前の日本人の9割の人は、家の中に家具が一つもない部屋を持ち、机も本棚もカーテンもないという暮らしをしていたはずなのであります。それから急激に物が増え、ベッドだ応接セットだピアノだステレオだとなりまして、台所には冷蔵庫、脱衣所には洗濯機が当たり前になったのであります。風呂だって無かったのが普通で、ダイニングテーブルだってあのころ世の中に出現したのであります。今80くらいの人は、食事は箱膳でしていたはずで、そのころの家屋では畳の部屋は一つで、後は板敷だったはずなのであります。コタツも畳も結構新しい風俗かもしれず、世の中はどんどん新しい贅沢が導入されて、うかうかしているとごちゃごちゃした家で暮らす羽目になるのでありあります。狭いベランダにエアコンの室外機が居座りまして、かびているうえに苔が生えていたりいたします。笑いごとではありません。

『徒然草』第十八段

人は、おのれを慎まやかにし、おごりを退けて、たからを持たず、世をむさぼらざらんぞ、いみじかるべき。昔より、賢き人の富めるは稀なり。

唐土に許由といひける人は、さらに、身にしたがへる貯へもなくて、水をも手して捧げて飲みけるを見て、なりひさこといふ物を人の得させたりければ、ある時、木の枝に懸けたりけるが、風に吹かれて鳴りけるを、かしかましとて捨てつ。また手に掬びてぞ水も飲みける。いかばかり、心のうち涼しかりけん。

孫晨は、冬の月に衾なくて、藁一束ありけるを、夕べにはこれに臥し、朝には収めけり。

唐土の人は、これをいみじと思へばこそ、記し止めて世にも伝へけめ、これらの人は語りも伝ふべからず。


(訳)
人間は、我が身を質素倹約し、贅沢に耽るのを遠ざけて、財産を持たないようにし、世の中の名誉や利益を欲しがらないのが、立派なはずだ。昔から、才知にたけた人が金持ちであることはめったにない。

中国で許由と呼ばれた人は、まったく、その身に携えている所有物もなくて、水も手を合わせて飲んでいたのを見て、ヒョウタンで作った水汲みを人が与えたところ、ある時、木の枝にひっかけておいたのだが、風に吹かれてそれが音を立てたので、やかましいと捨てた。また、手ですくって水なども飲んだ。どれほど、胸のなかは淡白であったろうか。

孫晨は、冬のころに夜具がなくて、藁が一束あったので、夕方にはこれを敷いて横になり、朝にはそれを束ねてとっておいた。

中国の人は、これらをすばらしいと思うからこそ、記録に残して後世に伝えたのだろうが、日本人なら語り伝えるよすがもない。

(鑑賞)
人と生まれたからには、贅沢三昧に徹し、質素倹約なんて糞くらえ、財産は増やせるだけ増やし、勲章だろうが印税だろうがくれるだけ奪い取るのが、最低だ。昔から、馬鹿に徹した奴だけが金儲けがうまいのだ。

許由にひしゃくを買い与えたら、あいつときたら捨てやがった。胸糞悪いと来たものだ。あいつの考えは分からん。

孫晨は、藁を敷いて寝ているけれども、真似をしたら風邪をひいた。

許由も孫晨も馬鹿じゃないかと思ったので記録してみただけだが、日本の兼好法師とやらは、それをありがたがっているそうじゃないか。銀で出来たひしゃくで水を飲み、羽布団に寝る奴にあれこれ言われとうない。

  みんなが質素倹約していたら、許由や孫晨の話はありがたくない。


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