Walls have ears.壁に耳あり。(5)

貧困問題というのがあるそうで、最近知ったのは絶対的貧困と相対的貧困とは違うということでありまして、食うや食わずというのは絶対的貧困、これに対してその社会の標準的な恩恵にあずかれないレベルを相対的貧困と称するようであります。大学進学というのは受験から入学金、さらに授業料、ついでに通学する時の定期券や新しいスーツ、そしてパソコンやイヤホンもろもろ、ひっくるめると200万円くらい平気で掛かりますので、大きな壁があると考えてもいいかもしれません。それらが本当に必要経費なのかどうか、それとも相当儲けを上乗せしているのかという疑問もあるわけで、尋常な額ではありません。そうなると進学したいのに親が金銭負担に堪えられないということがあって、希望を叶えるのは無理だという場合があるわけです。奨学金はあるにはあるんですけれども、下手に借りると後で破産しかねないわけで、制度はザル、八方ふさがりの側面があるわけなのです。夢を諦めてやす給料でも身を粉にして画像働けばというのは、『キューポラのある町』みたいな世界なのであります。あれはたしか吉永小百合さんが演じて、世間をうならせた映画でありました。

ナミアゲハの幼虫。

高校に入れば、授業料の軽減処置だってあるんですが、進学費用の莫大さは若者をくじかせるには充分であります。報道番組を見た感想をネットで簡単に表明できる時代が来たんですが、まったく赤の他人の冷淡な人たちが番組を見まして、よく知りもしないのに意見を言ったりするので、ちょっとの贅沢を見咎めて、貧困じゃねーんじゃないのと目くじらを立てたようであります。番組への賛否両論もありまして、大衆迎合の議員も色めきだって見せましたから、かえって本質が浮き彫りになったかもしれません。それにしても、お金のないところで夢をかなえようとすると世間は厳しいということが分かっただけでも、儲けものかもしれないのであります。『赤毛のアン』の話が意味を持つのは、厳しい世間の中に篤志家がいて応援するという幸運に救いがあるからなのであります。相対的貧困から自分一代で抜け出そうとすると苦しいはずですが、二代、三代先を思って渋く立ち回るなら、なんとかしのげるのではないかという気もするのであります。

   支援する仕組みがなかなか可視化されないという鈍い社会であります。

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