Quick and meat quick at work.それも芸の内。

やって来るぞ高齢化社会、というわけでありまして、よく考えたら厄介者の老人が自分であるというので、もやもやするわけであります。近ごろ電車に乗って思うのは、自分より年上だろうという老人を見かけるわけで、たぶん若い頃の電車に60歳過ぎの高齢者を見たことがなかったものであります。だって、あの当時は55歳定年ですから、朝晩の通勤ラッシュの乗客は若かったのでありましょう。

今住んでいるご町内も高齢化がはなはだしいわけで、学齢期の子供は15軒でたった一軒の3人ばかりなのであります。それも、5年くらい前に引っ越して来た家族ですから、あとは子供が巣立ってどこかに行った老人ばかり。そして伴侶をなくして独居老人ばかりでありますので、まるで日本の縮図であります。それでも、どの家も家周りはきれいでありまして、ゴミ屋敷に陥っている家は、少なくともこの町内にはないのであります。ただ、ワンブロック先には数年前まで、立木が鬱蒼と生え、そしてその中央にどうやらゴミをたっぷりと蓄えた小屋があるという敷地がありまして、なんとなく怪しい雰囲気だったのであります。

さすがに数年前に立木を伐採し、例の小屋を解体してゴミを運んだようでありますけれども、更地になったまま、再び植物が繁茂しそうでありまして、利用法が見付からないようであります。所有者が見付からなかったのか、その後手を付けていないのであります。その一軒隣の更地は、非常に安価な駐車場になりまして、ワンコイン500円で一日駐車できるので、5台分くらいの区分しかありませんが、ほとんど空きがないような状態であります。

しばしば、ニュースなどで話題になるゴミ屋敷状態のつぶれかかった家屋が、わりとよく行く場所にありまして、昔のまま区役所が囲いをして処分を狙っておりますが、相続人が見付からないと宙に浮くのであります。おそらく、明治か大正時代の街道筋の商家だったようですが、商売に失敗して夜逃げでもしたのでありましょう。あるいは、大陸などに渡って消息不明なのかもしれません。一軒は完全な空き家のようですが、雨戸が剥げたり、屋根に穴が空いたりしております。もう一軒はどうやら住人がいる様子で、道路に面したガラス窓にゴミが堆積しているのが見えたりするのであります。

もし、所有者がいないなら、誰かが勝手に占有して取り壊し、所有を主張すればいいのでありましょうけれど、そうなってから本来の所有者が出て来るとこじれるのでありましょう。戦後の東京の焼け跡で、ある会社の社員が立札を立てて回ったという話は、知っている人は知っていることでしょう。「この土地の所有者は、この立札を見たらどこそこにご連絡を」とやるわけで、連絡がなければ所有を主張してしまったそうであります。なんとなれば、市役所の書類も焼けたからであります。今はそういうわけには行かないのであります。

住んでいるのにゴミ屋敷になる、あるいは幽霊屋敷になるというのは、とうぜん住人が精神のバランスを崩しているんですが、おそらく一人暮らしになって、その本人の状態を危惧する家族を失っているのであります。他人が、あの人変だから、というだけで地域から追い出すわけには行かないのでありましょう。しかし、すでに生活の変調が大量のゴミによって知れ渡ったからには、本当はどうにかしてあげるべきなのであります。しかし、どの段階からゴミ屋敷と認定するのか、非常に難しそうであります。

むかし、山手線の駅から10分くらいの住宅地に住む大叔父を尋ねたら、ご本人はもうしっかりぼけていて、私のことも覚えていませんでしたが、庭がしっかりゴミ屋敷になっていたのであります。それから、夫を亡くした叔母の家をグーグル地図で見てみると、ゴミ袋はないものの植物のプランターが朽ちた状態で堆積しております。じゃあお前が片付けろと言われそうですが、おい・めいは50人くらいいまして、おいらがしゃしゃり出る根拠が薄いのであります。

   老人を狼に食わせていた時代の知恵は今は使えないか。

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