A bargain is a bargain. 忘れちゃダメよ。

ゴミを捨てようと先ほど外に出ましたら、これが横殴りの風雨で寒いこと寒いこと、まったく真冬であります。天気図を見たら、巨大な低気圧が東海付近を通過中でありまして、まるで台風の時の天気図そのままでありまして、吹雪じゃないだけましというような感じなのであります。3月も4月も、うららかなのは1日かそこらでありまして、まったく冬なのであります。子供の頃の4月はうららかだった記憶があるので、この10年15年は春がないまま、夏に突入する感じであります。地球温暖化というのは、言葉の上でも嘘っぱちでありまして、「どこが温暖?」なのであります。つまり、もともと何かを間違えてネーミングしていることによっても、どうやら非常にいかがわしいことがわかります。科学者が研究予算を政治家に働きかけてもらうためのものだったという陰謀論を最近見たりしましたが、「そうかも」と思いました。オイルショックと、原子力発電の関係に着目し、さらにアメリカで地球温暖化を推進した政治家の名前を考えてみれば、「さもありなん」と思うのであります。

  そういうことを言うと、「温暖化パトロール」に引っかかるらしい。

リベラリズムだとか、グローバリズムだとか、そういうものがどうやらあまりよろしくないということが、今回の「世の騒ぎ」によって明らかになりつつあるようでありまして、考えてみれば、世の中の国家とか国境とかいうようなものは、歴史の必然から生じたもので、もちろんそれに異議を唱えるのは構わないことでしょうけれど、あったほうがいいという場合も今回分かったのであります。自由とか平等とか、さらには国際交流などというものは、ある時期いいものとして脳みそに浸透したのでありますが、どうやら賞味期限が切れたようでありまして、なるほどなあと思って見ているわけです。第二次世界大戦に負けた時に、もうこれで平和だ、自由だ、平等だ、というようなことを感じたのだと、テレビやラジオや映画やドラマで盛んに吹聴しましたけれども、あれというのはちょっとずるい立場の人たちの言い回しだったのだなあと、今なら少し思うのであります。

  過去はあとから捏造できてしまうものだということなのでしょうね。

この機会に、学校の新学年を9月からにしてしまえばいいのにと思ったりするのであります。そうなると、桜吹雪の下で入学式という図式にこだわる人から反発を受けたりするんですが、私は桜が遅く咲くところで生まれ育ったので、ちっとも桜にそんな感慨はないのであります。それにここのところの桜の開花している時期は寒くて、気持ちよく入学式をするような気候ではないのであります。新しい習慣だったのに、まるでそれが伝統のようなことになるんですが、10年も続くと「伝統」と認定されるようであります。夏目漱石の「こころ」では、卒業式は6月頃でありまして、主人公は暑くてかなわないと不満を述べておりました。最後まで読むと出て来るんであります。

  森山直太朗さんの「さくら」が歌えるようになりました。裏声もね。

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